砂漠を歩む人生

shadowSTAP細胞論文で取りまとめ役を果たした笹井博士の自殺が世界に衝撃をもたらした。追い込まれ自殺はたいてい鬱病がきっかけであるから、その真の動機は病気の下に隠されてしまうのが常だが、いくらか想像はつく。
日本のように社会が高度に機構化した「先進国」の人生には山も谷もない。あるのは平野か砂漠かである。いわゆるエリートとは平野を外れることなく歩んで人より良いポジションにたどり着いた者のことである。
平野周辺には広大な砂漠が広がっていて、一度砂漠に迷い込むと、平野に戻ることは至難である。おそらく、これまで平野の王道を順調過ぎるほど順調に歩んでいた笹井氏は初めて少しだけ砂漠に逸れてしまった。わずかでも、慣れない不毛な砂漠は生きる意欲を奪い取る。
一方、私のように最初から砂漠に逸れている人間は、遊牧民のように砂漠を歩き慣れている。砂漠にも狭いながらオアシスがあり、いっとき定住することもできる。今、私は小さなオアシスにたどり着いている。
オアシスを追われれば、また『共産論』の荷物を背負って別のオアシスを探しに出るまでだが、自然の砂漠化現象同様、社会の砂漠化現象も進行しており、オアシスも侵食されてきている。遊牧民の将来も不透明である。

2017年6月
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