理想と現実の交差

shadowおよそ理想が今ほど後退した時代もない。現実一色である。その点では、人々が身分制度という分厚い現実に埋没していた中・近世の封建時代以上かもしれない。
今、人々が埋没しているのは、資本主義・市場経済という分厚い現実である。
共産論』はそんな時代に一石を投じようと試みた論説であるが、単なる理想論ではなく、現実的にも可能なコミュニズムのあり方を示したつもりである。とはいえ、貨幣制度も国家制度も廃するというのは、「現実主義者」からすればとうてい実現不能な理想論と思えるかもしれない。
もちろん、筆者とてそんな時代が自分の目の黒いうちに到来するとは考えていない。100年、200年、あるいはもっと先を見据えた論であり、言わば筆者の公開遺言のようなものである。
不思議なことに、そういう遠大な考えをまとめたことで、かえって現実を直視できるようになった。そのため、「現実主義」の共産党などが一生懸命にやっている現政権批判活動のような部分的な理想主義にはかえって冷めた距離感を感じるのである。
現実を直視し、部分的な現実批判を封印し、現実の中でしたたかに生きていくことは、決して理想を捨てることを意味せず、むしろ現実と交差しつつもっと大きな理想を温存することになるのだ。

2017年12月
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