人間本性への信頼

shadow最近、人間嫌いの度が増している。人間は私利私欲に満ちて、暇さえあれば金儲けばかり考えている変な動物になりさがってしまったように見えるからだ。
しかし、今花盛りの資本主義とはそんな私利私欲を極大化しつつ、人間が互いを利用し合うシステムである。対して、共産主義は私利私欲を克服して互いに助け合うことを徹底するシステムと言える。両者の間には、いずれが人間本性にマッチしているかという大きな問いが横たわっている。
この点、おそらく大方の答えは、前者ではないだろうか。たしかに人類史を通じて、人間は私利私欲にとらわれやすい性格をはっきりと示してきた。人間しか持たない貨幣制度はその結晶である。それが人間的本質だとすれば、共産主義などとうてい実現不能ではないか・・・。
共産主義は、私利私欲に満ちた人間像は決して人間本性ではなく、究極的には人間は私利私欲を克服して助け合えるという信頼に根差している。だから、共産主義の実現可能性は、人間が自らの本性に覚醒し、それを自ら引き出せるか否か―それが共産主義革命のエートスでもある―にかかる。
拙『共産論』はそうした人間の現状への嫌悪・批判と将来の覚醒への期待・願望を込めたネガ‐ポジティブな書のつもりである。

2017年10月
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