孤高のコミュニスト

shadow今、世界が資本主義一色に染まったかに見えるこの時代にコミュニストであることは、孤立を意味する。
 世界の主流的な場所にコミュニストの椅子はなく、コミュニズムの党であるはずの各国共産党も今や、その大半が実質上社会民主主義に転換し、中国共産党のように事実上資本の党に変貌しているものもある。
だが、この孤立は孤独を意味しない。むしろ孤高である。
どれほど資本主義が絶頂期に見えようと、絶頂期は終わりの始まりでもある。コミュニストはそうした終わりを見据えるある種の―非宗教的な―預言者である。預言者は時代を先取りしているがゆえに周囲からは理解されず、異端視すらされ、時に迫害もされる。
だが、かれらは現実に浸かり切った周囲よりもはるか遠方が見えているがゆえに、決して孤独ではないのだ。
それどころか、孤立を楽しんですらいる。そんな高い境地に独り処ればこそ、「孤高」なのである。

2017年6月
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