シチリアとマルタ―言語の交差点

2019年8月14日 (水)

シチリアとマルタ―言語の交差点(連載第2回)

一 シチリアとマルタの先史/最初期言語

 先史時代とは、最も端的に定義づければ、文字が発明される以前の時代をいうから、文字化されない口頭言語であった先史言語を特定・再構することは不可能であるが、推定することはできなくない。シチリアとマルタの場合、先史時代はともに巨石文化圏にあり、遺跡も残されている。
 特にマルタでは世界遺産にも登録されている紀元前3000年代まで遡る新石器時代の巨石神殿群が見られ、巨石文化圏でもかなり発達していたと考えられる。シチリアでも、もう少し地味ではあるが、やはり巨石記念物が見られる。*マルタには紀元前5000年代以来、シチリアからの移住者があったとされる。
 先史ヨーロッパに広く分布したこれら巨石文化を担った民族は不詳であるが、コーカサス地方を出自とするハプログループGを共有していたと推定されている。このグループは現在では原郷のコーカサス地方に集中し、多様な少数言語を含むコーカサス諸語を話す。
 ここから推定すれば、シチリアやマルタの巨石文化担い手民族も、コーカサス諸語のいずれかに近い言語を共有していたと考えられる。しかし、現在、シチリアとマルタで使用される言語に、コーカサス諸語との共通性を見出すことはできないので、この先史言語Xは絶滅したと見てよいだろう。
 巨石文化が終わった後の両者の歴史は分かれる。シチリアには、シカニ人やエリミ人、島名の由来でもあるシケル人といった新たな民族が移住してきた。かれらがギリシャ文字を使用していたことはわかっているが、言語はギリシャ語ではなく、その特定はほぼ碑文に限定される文字史料の少なさから困難である。
 特に島名由来でもあるシケル人の言語(シケル語)は比較的豊富な碑文から研究されており、印欧語族系との推定がなされているが、同定されるに至っていない。ただ、エリミ語についても印欧語族系と推定されているから、これらポスト巨石文化時代のシチリアの言語はおおむね印欧語族系であったと想定することはできる。
 しかし、こうしたシチリア最初期の印欧語族系諸言語が印欧語族ロマンス諸語に分類される今日のシチリア語の最古層にあるかどうかは不明であり、既存文字史料の解読とさらなる文字史料の発見を通じた最初期言語の再構を必要とするだろう。

2019年7月 4日 (木)

シチリアとマルタ―言語の交差点(連載第1回)

序説

 シチリアとマルタは、ともに地中海の景勝地として近距離にあるが、歴史的にも連関性の強い島嶼である。とはいえ、現在シチリアはイタリア領の離島自治州であるのに対し、マルタは人口わずか40万人ながら独立国であるというように、地政学的には相違がある。
 また使用言語に関しても、シチリアは帰属するイタリアの公用語であるイタリア語を共通語としながらも、シチリア固有のシチリア語を主要な地方語とする二重言語地域であるが、マルタは固有のマルタ語と英語を併用公用語としながら、旧公用語であるイタリア語もかなり通用する。
 複数言語併用という言語状況の点では共通しながらも、使用言語のコンポーネントには相違が見られる。特に固有言語のシチリア語は印欧語族ロマンス諸語に属する言語であるのに対し、マルタ語は欧州地域の公用語中で唯一の阿亜語族に属し、アラビア語と近縁な言語である。このように、シチリアとマルタは固有言語の点でも大きな相違を成す。
 両者は地政学的に外部勢力に攻め込まれやすく、めまぐるしく支配者が交替してきた歴史を持ち、中世にはイスラーム勢力の支配下にも置かれた。現在の言語状況もそうした歴史の結果であるが、片やシチリアでは印欧語族系ロマンス諸語が定着し、マルタでは阿亜語族系言語が定着した。この相違はどこから生じたのか―。
 この問題が本連載を貫く主題となる。そうした言語発展史という点では、言語発展の問題をより一般的に扱った先行連載『言語発展論』から派生し、地方言語に焦点を当てた連載という性格を持つ。
 同時に、これを通じて、歴史的にしばしば戦乱を招いてきた対立緊張関係にある印欧語族と阿亜語族との交錯と混淆という問題にも到達するだろう。シチリアとマルタは、水と油のごとくに見える印欧語族と阿亜語族が出会う交差点のような位置にあるからである。

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