〆オセアニア―世界の縮図

2017年8月23日 (水)

オセアニア―世界の縮図(連載最終回)

第二部 現況~未来

(10)環境的滅亡危機
 当連載は「世界の縮図」というサブタイトルのもとに展開してきたが、最終章はまさに世界的な問題である気候変動がオセアニアの島嶼国家にもたらしている国家存亡の危機に関する。
 オセアニアを危機にさらしているのは、気候変動に由来する海面上昇である。海面上昇の影響はもともと低海抜の環礁が多いオセアニアの島嶼国家を直接的な水没の危機にさらす。中でもキリバスとツバルである。いずれも多数の環礁で構成された典型的なオセアニアの島嶼国家である。
 特にキリバスはいち早く政府もこの問題に取り組み、2003年から15年にかけて、キリバス政府や地球環境ファシリティー、国連開発計画、日本政府などが共同で5500万ドルを投入し、三段階に分けてキリバスの水没危機を軽減するプログラム「キリバス適応計画」を実施してきた。
 その間、2010年には同国の首都タラワ環礁で、キリバス政府の主宰による「タラワ気候変動会議」が開催され、気候変動の原因や弊害について世界に強く訴えかける即時行動を求める「アンボ宣言」を同国のほか日本や中国を含む12か国共同で採択した。キリバスは小国ながら気候変動問題では大きなリーダーシップを発揮しようとしている。
 その一方で、キリバス政府はまさに国家の消滅をも視野に、域内のフィジーへの全国民移住計画も検討している。こうした国家の環境的滅亡危機によって生じる難民―環境難民―は、従来の戦乱や飢餓から生じる難民とは異なり、温暖化が進行した未来世界を先取りする現象である。
 他方、ツバルは海面上昇に対して脆弱な地質構造を持つため、一説によれば海面上昇の進行により、最初に水没する危険が指摘されている。ただ、ツバル政府は全国民移住計画には消極的で、気候変動への世界的な取り組みにより海面上昇を抑制することを強く求めている。
 国家存亡の危機に至らないまでも、塩害による廃農や満潮時の浸水、海岸侵食の進行などはマーシャル諸島など他のオセアニア諸国でも大なり小なり見られるところである。こうした問題の解決はオセアニア域内の課題ではなく、まさに地球規模の世界的な課題である。
 最後に、ツバルのエネレ・ソポアガ首相が2015年の国連気候変動会議(COP21)で演説を締めくくった次の言葉で稿を閉じることしたい。

 ツバルのために行動しましょう。なぜなら、私たちがツバルを救えば、ツバルも世界を救うからであります。

2017年8月20日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第20回)

第二部 現況~未来

(9)中国のオセアニア進出
 オセアニア地域への中国人の進出は、清朝時代の19世紀後半以降、いわゆる苦力〔クーリー〕労働者を含めた移民の形で進み、特にオーストラリアの主要都市には大規模なチャイナタウンが形成された。その他ハワイをはじめとする島嶼地域にもそれぞれ地場のチャイナタウンが形成されていった。
 こうした華人移民は、土着した場所で財力を蓄え、政治にも進出する。パプアニューギニアで1980年代と90年代に三度首相を務めたジュリアス・チャンや、キリバスで2003年から16年まで大統領を務め、気候変動問題に関してリーダーシップを取ったアノテ・トンなどは華人系の代表的な政治家である。
 こうした華人移民集団とは別に、現代中国は国家単位でオセアニアに進出する動きを強化している。中国はかねてより、太平洋方面にアメリカを意識した二本の「列島線」なる拡大的防衛戦略ラインを引いてきたが、近年はそうした消極的な防衛ラインを超えた積極的な太平洋進出政策を展開する。
 これは、豪米同盟を基軸とする覇権が確立されてきたオセアニアに中国が割り込み、とりわけオセアニア最大のチャイナタウンを擁するオーストラリアとの経済関係を足場に、オセアニアにおけるアメリカのプレゼンスを相対的に低下させる狙いを伴っていると見られる。
 それと同時に、1971年の中国の国連加盟・台湾の脱落後も台湾と外交関係を維持する小国が少なからず残されているオセアニアにおいて、台湾に対する外交的優位性を確立するための攻勢という側面もあるであろう。
 小国の側でも域内覇権国であるオーストラリアへの従属を避けたい思惑から、中国の経済進出を利用しつつ、産業基盤の弱さを補填し、国の開発を進めたい思惑が一致する。中でも、中国との関係が近年とみに高まっているのが、フィジーである。
 フィジーは独立以来、中国とは友好関係にあるとはいえ、2006年の軍事クーデター以来のバイニマラマ政権は民主化圧力をかけるオーストラリアを回避する形で中国との経済・軍事関係を強化しており、特に軍事援助が突出していることが注目される。
 こうした中国のオセアニア進出に対して、先住民衆の間から反中感情の表出もなくはない。06年にソロモン諸島で発生した反中暴動はその予兆であった。中国の進出が経済援助的な性格を超え、覇権主義的な色彩を帯びるならば、全般的に反中感情が高まる恐れもあるだろう。

2017年7月31日 (月)

オセアニア―世界の縮図(連載第19回)

第二部 現況~未来

(8)政情不安事例③:ソロモン諸島

 ソロモン諸島はメラネシア系住民を主体とする島嶼国家かつ多部族多言語社会であり、1978年の独立以後も、国家の統合性に困難を抱えていた。そうした中、1990年代までに主島であるガダルカナル島への隣島マライタの人口増による移住者が急増、先住者との間で土地などの権利をめぐり紛争が多発した。
 この紛争はガダルカナル先住者が組織した民兵団「ガダルカナル革命軍」によるマライタ移民攻撃へとエスカレート、対抗上マライタ移民も民兵団「マライタの鷲軍」を組織して対抗したことから、内戦へ突入した。内戦は2000年に頂点を迎え、現職首相がマライタの鷲軍に誘拐される事態にまで立ち至った一方、数度の和平協定も実効性を持たないまま、03年まで内戦は続き、国の法秩序は崩壊の危機に瀕した。
 そこでソロモン諸島議会は外国の介入援助を要請、ここに至り、オーストラリアとニュージーランドが主導する「ソロモン諸島地域支援ミッション」が組織され、約2000人の国際警察軍部隊がソロモン諸島に進駐した。これを契機に、ようやくソロモン紛争は終息に向かった。
 以後、国家の統合性を目指した国家再建が行なわれていくが、政情不安は06年に再び表面化する。これは時の首相が中国人実業家から議会での選出票を買収するために収賄したとの疑惑を持たれたこと契機とし、ガダルカナル島にある首都ホニアラではチャイナタウンが集中的に襲撃される反中暴動に発展、チャイナタウンがほぼ焼失した。
 この事態は再び国際警察軍部隊の増派と首相の辞任により終息したが、現在も台湾と外交関係を維持しているソロモン諸島における21世紀初頭のこの一件は、中国系資本のオセアニア進出とそれに伴う中国系移民との摩擦という近年の現象を先駆ける事件であったと言える。

2017年6月12日 (月)

オセアニア―世界の縮図(連載第18回)

第二部 現況~未来

(7)政情不安事例②:パプアニューギニア
 パプアニューギニアの本島は、その名のとおりパプア人を主体とするが、本島の東に位置するブーゲンビル島は言語・文化の異なるメラネシア人系を主体とし、伝統的にソロモン諸島との関係が深い。
 しかし、ドイツ植民地時代に本島と併せてドイツ領ニューギニアにくくられ、独立後もそのままパプアニューギニア領に引き継がれた。そうした事情が内戦として表出したのが、ブーゲンビル島紛争であった。
 分離独立運動は島の銅山開発利権も絡む形で1975年のパプアニューギニア独立直後から始まるが、本格化したのは1988年以降、武装組織ブーゲンビル革命軍の下、一方的に独立を宣言してからである。
 旧宗主国オーストラリアの支援を受けた政府軍との間の内戦は91年にいったん停戦協定に至るもすぐに破棄され、オーストラリアとニュージーランドの仲介による最終的な和平は世紀をまたいだ2001年のことであった(内戦自体は98年終結)。
 その間97年には、弱体な政府軍を補充するべく政府が結んだ英国民間軍事会社からの不透明な傭兵契約をめぐって、不満を持った軍部がクーデター未遂事件を起こすなど、内政の混乱も重なった。
 最終的なブーゲンビル和平協定では自治政府の樹立、将来的な独立住民投票など、譲歩的な合意がなされ、紛争は終結した。しかし、新興独立国家での長期内戦の悪影響は大きく、内戦で破壊されたブーゲンビル島首府のアラワはいまだ再建途上、首府機能も一時的に遷されている状態である。
 現在、ブーゲンビルは自治州という形態で2000年以降自治政府の施政下にあり、19年には独立を問う住民投票も予定されていることから、その結果次第では再び何らかの紛議が再燃する可能性もなくはない状況であり、行方が注視される。

2017年5月21日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第17回)

第二部 現況~未来

(6)政情不安事例①:フィジー
 平穏でのどかな印象さえ強いオセアニアであるが、ここにも民族紛争に起因する政情不安の事例がいくつか見られる。幸いそのほとんどは現時点で一応解決を見ており、現代史の出来事となりつつあるが、再燃の可能性がないわけではない。
 その一つフィジーは旧宗主国英国が移入させたインド系労働者の子孫が人口の高い割合を占めてきた点でオセアニアでも特異な状況にあったが、インド系フィジー人は独立後、経済を主導する富裕層の地位に上った。これには、多数派先住フィジー人の不満が鬱積していた。
 87年の総選挙でインド系政権が誕生すると、そうした不満を背景に、1987年に二度の軍事クーデターが勃発する。オセアニアでは極めて稀な事態であった。
 クーデター指導者シティベニ・ランブカ中佐は先住フィジー人であり、英連邦離脱・共和制移行と先住フィジー人を優遇する憲法改正を主導したことから、彼のクーデターには民族革命的要素が加わった。
 ランブカ自身、文民として92年から99年まで首相を務め、この間にフィジーは英連邦復帰を果たした。しかしランブカは99年の総選挙で敗れ、インド系のチョードリー政権に交替した。
 これに反発した先住民系武装グループによる国会占拠事件が起きると、軍部が介入、武装グループとチョードリー政権双方を排除し、ガラセ首相の先住民系政権を発足させた。しかし、06年にはガラセ首相と対立したフランク・バイニマラマ軍司令官がクーデターを起こし、政権を奪取する。
 これに対してオーストラリアやEUをはじめとする国際社会が制裁を科す中、バイニマラマは巧妙な生き残り戦術で14年の総選挙まで軍事政権を維持し続けたのであった。同年の総選挙で、バイニマラマは民族融和的なフィジーファースト党を率いて圧勝し、改めて文民政権首相として支配を維持している。
 こうして、最近十数年のフィジーはバイニマラマの長期政権下で政治的な安定は確保できているかに見えるが、打ち続くクーデターや先住民優遇策を嫌ったインド系ビジネスパーソンの海外流出やクーデター後の経済制裁の影響から、経済の低迷が続く。
 そうした中、経済制裁に加わらない中国の経済援助的進出が目立つ。中国の着眼はフィジーの水産資源にあるとされ、すでに中国国営水産会社がバイニマラマ政権とのパイプを軸に展開している。こうした新動向は、中国の太平洋進出を象徴している。

2017年4月22日 (土)

オセアニア―世界の縮図(連載第16回)

第二部 現況~未来

(5)日系オセアニア人たち
 戦後の日本は敗戦の結果、オセアニア地域の領土をすべてアメリカの信託統治の形で没収されて以降、この地域にもはや領土は保有していないが、今日でもオセアニアにおいて無視できない人的勢力として、日本人の血を引く日系オセアニア人がある。
 その中心はアメリカのハワイ州である。ハワイ州はアメリカ50州中、アジア系住民が優位を占める唯一の州であるが、その中で日系は現在、フィリピン系に次ぐ第二位で、約18万人と推計される。
 かれらの多くは明治維新後、1924年の排日的な移民法の制定に至るまで続いた移民の子孫たちであり、第二世代以降は日系ハワイ人として定着し、社会に根を張って政治的にも力を持つようになる。
 その象徴は、日系人初―アジア系としても初―の州知事として1974年から86年まで3期12年にわたりハワイ州知事職を全うした日系二世のジョージ・アリヨシである。さらに、2014年には日系人として二人目のデービッド・イゲが州知事に当選した。イゲはハワイ日系人に多い沖縄移民系としては初となる州知事である。
 また各州代表院としての性格が強い連邦議会上院では、故ダニエル・イノウエがハワイ州選出上院議員として1963年から半世紀近く多選を重ね、民主党で重きをなした。彼は大統領継承順位第3位となる上院仮議長まで務め、規定上は合衆国大統領に最も近い位置まで届いた日系人でもあった。
 なお、2013年にハワイ州選出上院議員に当選した戦後の日系一世メイジー・ヒロノは、全米で初のアジア系女性上院議員でもある。
 日系人の政界進出は戦前、南洋諸島統治の中心であったパラオにも見られる。純粋の日系人とみなすことができるか微妙だが、85年に暗殺されたハルオ・レメリク初代大統領はパラオ人男性と日本人女性の間に生まれている。第5代のクニオ・ナカムラ大統領も混血だが、父が日本人であり、日系人とみなされている。
 ミクロネシアの故トシオ・ナカヤマ初代大統領も父が日本人の混血日系人であり、第7代マニー・モリ大統領は日系四世である。その他、マーシャル諸島でも、第3代ケーサイ・ノート大統領は祖父が日本人の日系三世である。
 これら混血系も含めた日系オセアニア人の多くは戦前の貧しさゆえの経済移民、あるいは植民地統治の結果としての移民の子孫たちであるが、戦後もビジネス目的や生活目的で、オーストラリアやニュージーランドにも場所を広げて続いているオセアニア移住者の子孫が現地で定着すれば、新たなメンバーを加えて日系オセアニア人の勢力が発展していくであろう。

2017年3月26日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第15回)

第二部 現況~未来

(4)オセアニアン・アメリカ
 アメリカはオセアニアに本土を持たないが、重要な海外領土を持つことで、この領域において一個のプレゼンスを保持している。これを「オセアニアン・アメリカ」と呼ぶことができる。
 この語は国際関係用語としては知られていないようであるが、先述したように、オーストラリア及びニュージーランドとともに太平洋安全保障条約の当事国となっているアメリカはオセアニアの枢要な構成国にほかならない。
 オセアニアン・アメリカを構成する統治体は一元的ではなく、いくつかの種別から成っている。その中心は言うまでもなく、全米50州の一つであるハワイ州である。ハワイは19世紀末にアメリカの関与したクーデターで独立王国が転覆された後、準州として編入され、1959年に50番目の州に昇格している。
 次に自治的未編入領域として、北マリアナ諸島とグアムがある。両者は合わせて東南アジア方面から先史時代に渡ってきたと見られるチャモロ族を先住民とする島嶼域で、9世紀頃には石柱遺跡ラッテストーンで知られる古代王朝も成立していたが、その後の歴史は分かれた。
 北マリアナ諸島はスペイン領からドイツ領、日本の信託委任領を経て第二次大戦後、アメリカの信託統治領に渡り、86年の信託統治終了に伴い、コモンウェルスという形式で自治領となった。他方、グアムはスペイン支配の後、米西戦争に勝利したアメリカの植民地に渡り、1950年に限定的な自治地域となったが、コモンウェルスの地位は認められず、自治権はなお制約されている。
 最後に、非自治的未編入領域ながら、事実上の自治権を付与された米領サモア(東サモア)である。「事実上」というのは、連邦法上は正式に自治権が付与されないまま、1967年に自主憲法が施行されているからである。皮肉にも、正式に自治権を持たないサモアが最も自治的であるが、代償として開発は進んでいない。
 こうした複雑な構成のオセアニアン・アメリカの中核は当然にも、正式の州であるハワイにあり、まさしくアメリカはオセアニアにも張り出していることになる。これは、アメリカの歴史的な戦略である太平洋・東アジア進出の象徴とも言える。
 オセアニアン・アメリカは総体として軍事的にも、最古の米統合軍である太平洋軍の枢要地であり、同軍司令部はハワイに置かれ、グアムは島の三分の一が米軍基地用地という「基地の島」となっている。そうしたこともあり、グアムでは北マリアナ同様のコモンウェルス昇格が実現せず、まさに要塞植民地的状況が続いている。
 このように、オセアニアン・アメリカの総面積は決して大きくないながら、アメリカの世界戦略において不可欠の領域となっており、独立運動は全般に低調で、今後も現状維持が続くと考えられる。

2017年3月 5日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第14回)

第二部 現況~未来

(3)ニュージーランドの独自位置
 オセアニアにおいて、オーストラリアと似た英国移民を中心とするヨーロッパ白人主体の歴史・文化、人口構成を持ちながら、しかしオーストラリアとは異なる独自位置を保持してきたのが、ニュージーランドである。
 ニュージーランドはオーストラリアとは異なり、移民制限的な白人優越政策を採らず、先住民マオリとの関係でも、差別はあったものの、民族浄化的な政策は志向されず、マオリの権利を擁護する施策が進んできた。
 しかし、両国の相違が明白に現れるのは、安全保障政策である。ニュージーランドもオーストラリアとともにアメリカとの太平洋安全保障条約に加盟しているが、1980年代のロンギ労働党政権は非核政策を追求し、核兵器搭載艦船のニュージーランド水域進入と寄航を禁じ、ニュージーランド領土・領海を非核兵器・非原子力推進艦艇地帯に指定するという世界でも徹底した非核政策を敷いた。
 これにより、アメリカは上記条約に基づく対ニュージーランド防衛義務を停止したため、ニュージーランドは事実上条約を脱退したに等しくなった。その反面、ニュージーランドは南太平洋非核地帯条約の旗手としての地位を獲得したとも言える。
 他方で、ニュージーランドはオセアニア域内でトケラウ島を領有し、クック諸島、ニウエを自由連合下に置くなど、小国なりの覇権主義的なプレゼンスも保持するなど、巧妙な外交安保政策を志向している。
 もう一つ、ニュージーランドを特徴づけてきたのは、北欧と並び第二次大戦前から建設された福祉国家としての側面であった。対外的には、第二次大戦後、戦争被害が甚大だった旧宗主国英国の思惑もあり、ニュージーランドが英国農産品の主要な輸出先として特恵待遇を受けたことから、英国市場との結びつきを利用して経済成長を遂げることができた。
 しかし、この特恵関係が英国のEC(現EU)加盟ととともに終了し、一転して経済的苦境に立たされると、80年代半ば以降は脱福祉国家のプロセスを歩んだ。最初に舵を切ったのは、先のロンギ労働党政権であった。労働党はまさにニュージーランド福祉国家建設の旗手であったのだが、自ら築いた遺産の切り崩しに着手したのである。
 このプロセスは90年代、明確に新自由主義的な保守系ボルジャー国民党政権に継承されて、一定の完成を見たが、結果は同様の改革を経た英国と同様の経済格差の拡大や貧困化の発現であった。
 99年に政権を奪還した労働党はクラーク首相(女性)の下で、再度福祉修復的な政策を志向するも、クラークは一方で、米中との自由貿易も推進するなど、新自由主義政策を放棄はしなかった。
 08年以降は再び国民党が政権党に返り咲き、脱福祉国家・新自由主義路線は既定的となっている。その結果、ニュージーランドは世界でも最も経済規制の少ない投資先と評価されており、そうした投資面での優位性で独自の存在感を発揮しようとしていると思われる。
 一方で、アジア系移民の制限を主要な公約とするニュージーランド・ファースト党が90年代以降台頭し、国民党政権と連立し、あるいは労働党政権に閣外協力する形で議会にキャスティングボート的な地歩を固めている。
 この党のピータース創立者兼党首は父方がマオリ系(母方はスコットランド系)という人物であり、アジア人排斥の一方でマオリの権利向上も主張するなど、党の立ち位置は複雑にねじれており、ここにもニュージーランドの特殊性が滲んでいる。

2017年2月12日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第13回)

第二部 現況~未来

(2)オーストラリアの地域覇権
 地球を全体として概観した場合にその島嶼部に相当するオセアニアにあって、オーストラリアは最大の「島」にして、最大人口を要する準大陸国家である。そのため、その規模のゆえにオセアニア地域では盟主的地位にある。
 英国植民地からの独立に始まり、先住民族を殺戮/強制同化する民族浄化によって白人中心国家を築いていったその歴史的歩みはアメリカ合衆国に類似しているが、1970年代まではアメリカ以上に明確に白人優先主義―白豪主義―を採り、非白人移民の制限と先住民差別を公然と行なっていた。
 しかし、独立後も後ろ盾であり続けた英国の欧州共同体(EC→現EU)加盟を契機に、70年代半ばに白豪主義政策を多文化主義政策に転換して以降、オセアニアにおける独自の地位を確立し、政治経済的な盟主として国際関係上も重みを増していった。
 軍事的にも6万人近い現役兵力を有する国防軍はオセアニア地域最大であり、域内紛争やオセアニアに連なる東ティモール紛争の解決にも介入関与してきた。一方、2000年代以降はアメリカに協力し、アフガニスタンやイラクにおける軍事作戦にも派兵するなど、域外派兵も増発している。
 後に改めて見るように、アメリカはハワイ州を拠点にオセアニアにおいても領土を有し、「オセア二アン・アメリカ」と呼ぶべきオセアニアの構成国でもあることから、オーストラリアとしても歴史や価値観の近似性が高いアメリカとは協調・同盟関係を取りつつ、オセアニアにおける盟主的地位を維持する戦略である。
 一方で、1980年代には労働党政権の下、非核地帯設定を主導し、85年の南太平洋非核地帯条約の締結に結実させ、核政策ではアメリカと一線を画す姿勢を見せている。ただし、アメリカは同条約を批准していないため、域内のアメリカ領土に条約の適用はなく、アメリカと自由連合を締結している準独立諸国も批准していない。
 加えて、オーストラリア自身もアメリカとの太平洋安全保障条約を通じてアメリカの「核の傘」に依存する政策を事実上採用していると見られ、国際社会での核兵器禁止に反対するなどの両義的態度が見られる。
 経済面では近年オセアニアへの進出を活発化させている中国との結びつきを強め、中国が最大貿易相手国となっている。国際金融分野でも中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加するなど、中国との結びつきは加速している。
 こうして、オーストラリアは政治・軍事⇔アメリカ、経済・通商⇔中国という形で、米中両大国を機能的に両天秤にかけるバランス政策を通じてオセアニアにおける地域覇権を保持していかんとしているように見える。
 なお、2016年の国民投票によりEU脱退を決めた英国が欧州を離れ、再び独自的な地位を回復する見込みとなったことで、現在も英連邦加盟を通じて友好を維持する豪英関係が新たな展開を見せるかどうかが注目される。

2017年1月25日 (水)

オセアニア―世界の縮図(連載第12回)

第二部 現況~未来

(1)オセアニアの地政情勢
 第一部でも述べたように、現在オセアニアの地理的区分として教科書的・事典的に引き継がれているポリネシア・メラネシア・ミクロネシアの三分類は、19世紀にフランスの海軍提督ジュール・デュモン・デュルヴィルが提唱した古典的な分類である。
 しかし、この分類ではオセアニアの海洋島嶼部しかカバーされず、大陸的なオーストラリアは埒外となるし、メラネシアのように住民の肌色にのみ着目した分類も学問的とは言い難いものであった。
 現在のオセアニアの地政情勢を考慮に入れて、再分類し直すならば、独立国・準独立国・残留海外領土の三つ(環礁を付加すれば四つ)に分類する方が妥当であろう。このような三区分に従って、個々に見ていくと次のようになる。

○独立国
最大国オーストラリアを筆頭に、パプアニューギニア、フィジー、キリバス、ニュージーランド、ソロモン諸島、トンガ、ツバル、バヌアツ、サモア(以上、すべて英連邦加盟)

○準独立国
クック諸島、ニウエ(以上、ニュージーランドとの自由連合)、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島、パラオ(以上、アメリカとの自由連合)

○残留海外領土
米領サモア、グアム、北マリアナ諸島、ハワイ(以上、アメリカ領土)、ニューカレドニア、仏領ポリネシア、ウォリス‐フツナ(以上、フランス領土)、ピトケアン諸島(イギリス領土)、ココス諸島、クリスマス島、ノーフォーク島(以上、オーストラリア領土)、トケラウ諸島(ニュージーランド領土)、イースター島(チリ領土)、パプア及び西パプア(インドネシア領土)

△環礁
ウェーク環礁、ジョンストン環礁、ミッドウェー環礁(以上、いずれもアメリカ領土)

 こうしてみると、独立国は現在、儀礼的・名目的な連合体ながら英連邦にそろって加盟し親英路線を採っている。準独立国はニュージーランドまたはアメリカとの自由連合の形で両国の傘下にある。
 残留海外領土では米・仏領土が大半を占め、中でもアメリカが環礁を含め圧倒的であるが、オセアニア盟主格のオーストラリアとそれに次ぐニュージーランドも部分的に域内海外領土を保持するほか、東からインドネシアが、西からはチリもせり出している形である。

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