犯罪精神医学事始

2016年1月 3日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第19回)

18 触法少年の治療的処遇①

 前回まで各論的に見てきた犯罪精神医学的な治療的処遇は成人犯罪者を対象とするものであったが、同様の治療的処遇は触法少年にも及ぶ。
 しかし、第2回でも触れたように、少年の触法行為は、本格的な精神疾患やパーソナリティ障碍よりも、発達障碍や知的障碍など発達に伴う各種障碍の関与が疑われることから、小児科医や発達心理学者等の参与も欠かすことができない。従って、犯罪精神医学固有のテーマとしては論じ切れないところがある。

 少年の触法行為の中でも、成人の病理性暴力犯罪に相当するものは数は少ないとはいえ、過去に著名な事例もある。とりわけ1997年に神戸市で起きた当時14歳少年による連続児童殺傷事件は社会を震撼させ、その後の少年法厳罰化などの政策転換を促した事案であった。
 この事件の加害少年は結局、精神鑑定の結果、成人の反社会性パーソナリティ障害に相当する行為障碍が認められ、当時の少年法の規定により医療少年院送致で確定した。この少年の場合も、事件を起こす以前に、神経発達障碍の一種である注意欠陥・多動性障碍の診断を受けており、発達上の問題も複合的に抱えていたと見られる。

 こうした病理性暴力行為を示す少年の治療的処遇は事例の少なさからも確立されておらず、全くの手探り状態であるが、上掲少年の場合は、医療少年院で男女の医師を両親に見立てた疑似家族を形成するある種の育て直し的な療法が一定の成果を上げたとされ、現在は退院・社会復帰している。
 このように人格の再形成を試みる治療法は上掲少年向けに組まれた実験的な手法であったようだが、発達障碍を持つ同種の病理性暴力行為の事例に対して一般化できるか検証が必要であろう。

※本連載は、都合により、当分の間、休載とさせていただきます。

2015年11月29日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第18回)

17 病理性過失犯罪者の治療的処遇

 過失の原因となる不注意は、多くの場合一時的な注意散漫によって惹起されるが、それ自体が何らかの精神疾患の症状であり得る病的な注意散漫や意識障碍、認知障碍による場合もある。そのような過失によって犯罪を起こした者を、単純な過失犯罪者と区別して、病理性過失犯罪者と呼ぶ。
 そもそも過失犯は、本来の意味での「犯罪」には当たらないが、人身被害をもたらした場合に政策的な観点から犯罪化されているもので、過失犯に固有の治療的処遇があるわけではなく、過失の原因となった疾患の治療そのものが即、有効な再犯防止策である。

 この点、近年の犯罪情勢として、アルコール・薬物使用下での自動車運転事故が問題化している。相次ぐ重大事故への対策として、刑法に危険運転致死傷罪が新設されたことで、この種事案は過失犯から故意犯に転化した。
 これは、この種事案に対する過失犯としての処罰だけでは刑が軽すぎるとの批判に答えて、政策的に故意犯としての厳罰化がなされたものであり、アルコール・薬物使用下での自動車事故の本質が過失であることに変わりはない。つまり法律的な転化であって、医学的な転化ではないから、病理性暴力犯罪者への治療的処遇は妥当しない。
 重大事故を起こした者の場合、背景にアルコール・薬物依存症、またはその予備軍としてのアルコール・薬物乱用が隠されていることが少なくないと見られることから、処遇に当たっても、それら物質依存症・乱用の治療を実施しなければ確実に再犯を予防できない。

 もう一つ、近年の問題として、認知症高齢者による自動車事故がある。認知症は脳の器質的障碍に由来する症候群であり、その本質は神経変性疾患であって、精神疾患ではないが、中核的な認知障碍に加え、周辺的な行動・心理症状も発現することから、精神医学の対象範囲にも含まれ得る。
 認知症も進行段階によって様々なレベルがあるが、認知症が認められる過失犯罪者を実刑に処して矯正施設に収容することは、症状の悪化の可能性を含め、処遇上の困難を生じ、適切でない。そこで、認知症高齢者の過失犯に対しては、心神喪失を認めるか、少なくとも執行猶予を付して社会内処遇に置いたうえで、適切な医療と介護が受けられるように配慮されることが妥当である。

2015年11月23日 (月)

犯罪精神医学事始(連載第17回)

16 アルコール・薬物依存性犯罪者の治療的処遇

 アルコール・薬物依存性犯罪は、日常的な犯罪報道でもお馴染みのものであろう。厳密に言えば、合法的な飲料である酒と、禁制薬物を包括するのは適切でなかろうが、依存性癖がしばしば暴力犯罪の原因となる点では包括しても誤りではない。
 なお、アルコール・薬物ともに、依存症状態にない者(例えば初体験者)が摂取し、酩酊ないし薬理作用下で暴力犯罪に及ぶこともあり得るが、このような突発的なケースはここでの考察からは除外する。

 さて、薬物依存性犯罪の場合、禁止薬物自体を依存的に使用する場合と、何らかの薬物の薬理作用下で犯罪を起こす場合とは区別され得る。前者の自己使用は、本来犯罪というよりはまさに疾患としての依存症そのものなのであるが、法律は自己使用も犯罪として処罰するいわゆるパターナリズムの立場をとっている。
 とはいえ、自己使用者に懲役刑を科して刑務作業を強制しても、それだけで依存症自体の治療効果は期待し難い。犯罪としての取り締まりは治療につなげる手がかりと割り切って、早期に依存症自体の治療プロセスに入ることが更生にもつながる。その点で、少なくとも初犯者は保護観察処分に付して、保護観察下で治療を強制するような制度が望まれる。

 これに対して、飲酒酩酊下あるいは薬理作用下での暴力犯罪の場合は、暴力犯としての処罰は免れないところである。この点、酩酊や薬理作用により犯行当時意識障害に陥っていたとしても、一連の犯行の起点においては正常であったならば、全体として完全責任能力ありとするのが日本の司法実務であるが、医学的には疑問の余地ある扱いである。
 責任能力の要素として是非弁別能力のみならず行動制御能力も併せて見るならば、犯行の起点において正常であっても、犯行時点で重篤な意識障害のゆえに行動制御能力が著しく減退していたならば、少なくとも心神耗弱は認めるべきであろう。そうしたうえで、矯正施設では依存症の治療を優先的かつ集中的に行なう必要がある。

 アルコール依存症と薬物依存症は古くから見られ、その治療法一般も研究されてきているにもかかわらず、難治性で、確立された定型的治療法はない。また専門医療施設も限られ、まして矯正施設内での治療的処遇となると未開拓である。
 このような遅れは、人間の精神作用の高度な複雑さを象徴しているが、臨床犯罪精神医学はこのような分野でこそ、その真価を発揮できるはずである。

2015年11月 2日 (月)

犯罪精神医学事始(連載第16回)

15 常習犯罪者の治療的処遇

 同一または同種の犯罪を執拗に繰り返し、一般社会と矯正施設の間を往復する常習犯罪者の存在は、刑事政策上の永遠的課題として、各国を悩ませている。常習犯罪者が比較的多い分野は、窃盗や放火、性犯罪である。このうち性暴力犯罪については、前回扱ったので、ここでは除外する。

 一般的に常習者が幾度処罰されても犯罪を繰り返すのは、規範意識の鈍磨の証拠とみなされ、厳罰に処されがちであるが、常習犯罪者の処遇に関しては、知的障碍の有無がまず鑑別されなければならない。
 知的障碍があるために社会規範の理解力が本質的に制約されている場合は、法律上少なくとも心神耗弱が認められる。この場合は、知的障碍の克服に向けた処遇が中心となるが、限界もあることが直視されなければならない。

 これに対して、知的障碍が認められない場合は、規範意識はありながら、対象物を見ると犯罪行為への衝動を抑え切れない衝動制御障碍が原因となっていることが多い。例えば、窃盗症や放火症などである。これらは精神疾患として治療しなければ、処罰を繰り返すだけで再犯を防止することは困難である。

 衝動制御障碍者の再犯防止のためには、症状が固定し、常習性が固着化する前の段階で早期発見したうえ、保護観察などの社会内処遇の中で、適切な治療に結びつけることが必要である。
 ただし、衝動制御障碍に関しては有効な治療法が確立されていないが、認知行動療法を軸に、補助的に気分安定薬や非定型抗精神病薬などの薬物療法を行なうモデルが試みられている。

2015年10月25日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第15回)

14 性暴力犯罪者の治療的処遇

 性暴力犯罪に関しては、因習的性暴力犯と病理的性暴力犯の鑑別が必要である。前者の因習的性暴力犯とは、社会の性差別的な因習に起因する性暴力犯罪である。このような性暴力犯罪は医学的な治療対象とはならず、性暴力を招く因習の根絶という社会改革の対象である。
 それに対して、病理的性暴力犯はその背景に精神疾患が認められるものであり、因習とはかかわりなく発現するため、医学的治療の対象となる。

 病理的性暴力犯罪の医学的な原因疾患としては、性障碍の一種である性的サディズム、小児性愛や性衝動制御障碍などの根本的な治療法が確立されていない難治性疾患が想定されるが、近年は認知行動療法を軸とした処遇プログラムが開発されており、成果を上げつつある。ただし、病理的性暴力犯罪者のうちには知的障碍を伴うケースも見られ、知的健常者を前提とした一般的な認知行動療法には限界も想定される。
 また性暴力犯罪者は通常、ほとんどが完全責任能力と認定されるため、その処遇は矯正施設内における治療的処遇の形で行なわれることになり、その点では前回まで見た病理性暴力犯罪者の治療的処遇に関する一般理論が妥当する。

 ところで、常習的な性暴力犯罪者のうちには通常の治療的処遇では矯正できない難治ケースがまま見られることから、そうした場合には薬物による性欲制御が認められてしかるべきであろう。こうした薬物療法の究極は薬物による去勢―いわゆる化学的去勢―である。
 化学的去勢は生殖器の外科的切除に比すれば侵襲性が低く、人道上の問題は少ないが、不可逆的な性機能の剥奪という点では人権上の問題が生じる。とはいえ、精神療法や非去勢的な薬物療法が功を奏しない難治性の常習的性暴力犯に対する最後の最後の手段としては、このような処分も全く必要でないとは言えない。
 ただし、こうした去勢処分は刑罰ではなく、非刑罰的な保安処分の一種であるから、その対象要件や手続きに関しては厳密な議論を経る必要があることはもちろんである。

2015年10月11日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第14回)

13 病理性暴力犯罪者の治療的処遇⑥

 病理性暴力犯罪者の中には、統合失調症や鬱病等の精神疾患を背景としている者―精神疾患性暴力犯罪者―が一定数含まれており、その程度が重篤である場合は、現行法上は心神喪失者または心神耗弱者として刑法39条の適用により無罪または必要的減軽となる。しかし、多くの場合は完全責任能力者として原則通り処罰される。
 この点、以前に提唱したとおり、心神耗弱の下位概念として「心身減弱者」の概念を増設して、裁判所の裁量で減軽できるようにすべきであるが、いずれにせよ、精神疾患性暴力犯罪者は矯正施設と医療施設とに分散的に収容されることになる。

 このうち、医療観察処分を受けて医療施設に収容される重症者については、当然ながら医師の管理下で治療を受けることになるが、この場合でも、彼/彼女が一定の犯罪行為を行なったことに変わりはないので、矯正的な働きかけが不要となるわけではない。その点でも、この種の患者の治療計画は矯正の観点を踏まえたものでなければならず、それを効果的なものとする犯罪精神医学の確立が不可欠である。

 一方、矯正施設に収監される精神疾患性犯罪者に関しては、通常の矯正処遇を受けながら投薬等の必要な治療も行なうという形で、治療的処遇を受けるべきことになるが、刑務作業に重点を置く懲役刑は本来治療的処遇には不向きである。その点、精神疾患性犯罪者向けの刑務作業は作業療法的な意義が認められるものを課すように工夫されるべきである。
 また矯正施設に収監中の精神疾患性犯罪者の症状が悪化した場合は、医療刑務所に移監する必要があるが、医療刑務所の数も、そこで勤務する精神科医師の数にも限りがあるため、場合によっては刑の執行を停止し、改めて医療観察に付すといった柔軟な制度を組む必要があるだろう。

2015年10月 4日 (日)

犯罪精神医学事始(補遺)

12ノ2 病理性暴力犯罪者の治療的処遇⑤

 殺人をはじめとする暴力犯罪を動機別にみると、実のところ「激情」によるものが最も多い。たいていは、怒りの感情が引き金となる。その多くは一時的な感情の爆発によるものであり、病理性を認めることはできないであろうが、常軌を逸した感情爆発や、頻回に暴力事件を起こすような場合は、背景に怒りの感情を正常範囲に制御できない間欠性爆発性障碍(IED)を認めることがある。

 これは後で述べる常習犯罪の原因疾患となる衝動制御障碍の一種と位置づけられているが、しばしば反社会性パーソナリティ障碍(ASPD)との鑑別が問題となる。この点、ASPDの場合、攻撃性は手段的で、しばしば計画的に発現するが、IEDでは衝動的で、非計画的に発現するという相違がある。

 重篤なIEDによる暴力犯罪者は、責任能力を構成する要素中、行動制御能力を欠き、心神喪失無罪となる。しかしIEDによる暴力犯罪は通常、捜査・公判の段階では認識されず、単なる激情犯として処理されがちであるが、矯正の段階では慎重に鑑別して、治療的な処遇を与える必要がある。

 IEDの治療法は、必ずしも確立されていないが、ASPDのような人格の再形成を必要とするパーソナリティ障碍とは異なり、感情のコントロールを学習する認知行動療法のような表層的な治療法の有効性が認められている。薬物療法は、抗うつ剤や気分安定剤が症状をコントロールするうえで有効な場合もあるとされる。

2015年9月27日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第13回)

12 病理性暴力犯罪者の治療的処遇④

 病理性暴力犯罪の背景には、反社会性パーソナリティー障碍に限らず、各種のパーソナリティー障碍(PD)が潜伏していることは少なくない。こうしたPD保持者は何らかの精神疾患を合併していない限り、通常の医療機関に現われることは少ない。
 むしろ犯罪行為のような逸脱行為が発現し、司法的処分を受けて矯正施設に収容されることで、矯正現場に現われる可能性が高い。そのため、PDの治療は医療施設よりも矯正施設が主たる現場となるだろう。

 その意味で、PDの治療は矯正施設における治療的処遇において大きなウェートを占めることになるが、そこでの中心は薬物療法よりも精神療法に置かれ、中でも精神分析の意義が再発見されるはずである。なぜなら、PDの治療は単に病的な行動癖を矯正するだけでは足りず、幼少時からの人格形成過程まで遡及した深層心理治療が必要だからである。

 現在、薬物療法が主流となった一般の精神医療において精神分析のウェートは極めて低いと見られ、また行動療法が主流化した臨床心理治療においても精神分析はすでに退潮しているようである。
 これには、客観的なエビデンスに基づく医療(EBM)の普及、あるいは精神分析における「偽りの記憶」のような施療過誤問題が影響していると思われ、それなりに理由があるわけだが、人格形成過程に病理性を抱える重篤なPDの治療に関してはむしろ薬物療法や行動療法のような表層的治療法では十分な効果が期待できない。

 おそらく精神分析は従来のままではもはや再生できないであろうが、その問題点を克服した改良型精神分析はPDの治療法として、なお考究されるべきである。実際、アメリカの精神分析医オットー・カーンバーグが開発した転移焦点化精神療法は境界性PDや自己愛性PDに対して有効な改良型精神分析療法として提示されている。
 これは一例に過ぎず、他のPDに対しても同様にエビデンスを伴う改良型精神分析療法の開発が求められるが、その点でも犯罪精神医学の確立は寄与するはずである。

2015年9月13日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第12回)

11 病理性暴力犯罪者の治療的処遇③

 親密な関係にあるパートナーからの暴力全般をドメスティック・バイオレンス(DV)と呼ぶが、そのうち臨床犯罪精神医学上考察を要するのは、反復的かつ執拗な暴力行為やそれに準じた精神的虐待(拘束・監視行為など)―病的DV―に限局される。従って、いわゆる痴話喧嘩のような感情的対立からの一過性暴力は除かれる。

 DVは男尊女卑の封建的価値観が優勢だった時代には、病的なものも含めて等閑視されることが多かったが、病的DVは価値観の問題ではなく、一つの精神病理であるので、女性が加害者となることもあり得る。
 こうした病的DVの背景には、アルコール依存や薬物依存などの各種依存症やパーソナリティ障碍などが伏在していることがあり、単純な暴力犯罪としては処理し切れない。

 またDVでは被害者と加害者が最も親密な関係にあるという点からも、特有の問題を生じる。すなわち被害者に加害者に対する愛情が残されており、そうした被害者と加害者がいわゆる共依存関係に陥り、暴力を断ち切れないことがあり得る。そうでなくとも、DV被害者は精神疾患を抱えやすいので、被害者をも治療対象に加える必要性が高い。
 DV対策では身体・生命の危険にさらされた被害者を一時的に緊急保護するシェルター施設も重要であるが、保護するだけでなく、シェルターでの被害者の心理検査と必要に応じた精神医療の提供も欠かせない。

 DVの法的対応はストーカー犯罪と共通する面があり、初期段階では接近禁止などの保護命令にとどまることが多いので、やはり身柄不拘束の状態で治療的処遇につなげることが考えられなければならない。これについては、前回ストーカーに関して述べたことが当てはまるであろう。

2015年9月 6日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第11回)

10 病理性暴力犯罪者の治療的処遇②

 病理性暴力犯罪と性犯罪の中間に位置するものとして、ストーカー犯罪がある。ストーカーは多くの場合、その名のとおり、ストーキング=つきまとい行為にとどまり、傷害や殺人のような典型的な暴力犯罪に至るケースはレアである。
 しかしストーキング自体が被害者には身体・生命の危険を感じさせることも少なくないこと、レアとはいえ暴力犯罪にまで展開していくケースも確実に存在することから、ここでは概念を広く取って病理性暴力犯罪に含めている。

 ストーカー行為は好意を持った相手に言い寄って関心を向けさせる熱心な求愛行為とは本質的に異なり、明らかに社会常識を逸脱した病的な執着行動であり、精神医学的な治療を要するものである。
 こうしたストーカー行為の原因を成す精神病理はまだ完全には解明されておらず、「ストーカー症」のような固有の疾患なのか、それとも境界性PD、反社会性PDその他のPDが背景にあるのかは不明であるが、近年は認知行動療法や弁証法的行動療法などの行動療法が試行されるようになっている。
 ストーカー行為が暴力犯罪にまで展開していく病理的なメカニズムもまだ解明されていないが、ストーカー行為者を暴力犯罪に至る前の段階で早期に医療に結びつけることは防犯上も必要不可欠である。

 その場合、ストーカー行為者は初期段階ではまだ処罰されず、接近禁止等の司法的行動規制にとどまるので、その治療的処遇は身柄不拘束の状態で行なわれることが想定される。
 こうした場合、接近禁止命令に加え、精神科医師の鑑定を経て治療命令も併科するような制度が要請されるだろう。それには当然、対応する治療施設が存在しなくてはならず、この面でも臨床犯罪精神医学の発展と確立は急務である。

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