〆アイスランド―先取未来国家

2014年12月27日 (土)

アイスランド―先取未来国家(連載最終回)

⑩ 国際関係

 アイスランドは、10世紀の建国の後、13世紀以降はノルウェー、続いてデンマークの植民地支配下に置かれるという小国にありがちな運命をたどった。19世紀に独立運動が起きたが、完全な独立の達成は1944年のことだった。
 そうした経緯からも、アイスランドは特に独立性への信念が強い。そのため、その名も独立党という保守系政党がほぼ一貫して政権の中心を担ってきた。独立党政権の外交政策の柱はまさに独立保持にある。
 ただし、軍隊を持たないため、永世中立政策は採らず、国際連合にいち早く加盟するとともに、北大西洋条約機構(NATO)にも加盟し、冷戦時代は防衛委託を兼ねて米軍基地を提供してきた。
 従って、地理的な関係上、北欧の一員として北欧理事会に参加しつつも、地政学上は大西洋を越えて北米と連絡し、広い意味では北米に包含されるような位置にあった。
 一方で、欧州連合(EU)には懐疑的であり、非加盟を貫いてきた。そうした独立志向が変化するのは、2008年の金融破綻の時であった。この時、自国通貨であるアイスランド・クローナは暴落し、アイスランドは国際支援を必要としたが、EU未加盟が壁となり、孤立した。
 そこで、「キッチン用具革命」の最中に誕生した左派政権はEU加盟を外交政策の柱に掲げ、加盟申請に踏み切った。しかし、2010年以降加盟交渉に入ったものの、連立政権に参加した緑左派運動は加盟反対だった。13年総選挙では再び加盟反対の独立党が政権に復帰し、交渉は頓挫している。独立党政権は前政権が公約していたEU加盟是非を問う国民投票にかけることなく、加盟申請の撤回を示唆しており、現時点では加盟の道は遠ざかっている。
 このように、アイスランドの国際関係は依然として独立を重要な柱として成り立っており、国家の枠組みを超えた連合への加盟には否定的なバネが働きやすい。こうした点では、アイスランドは国民国家の枠組みへのこだわりが他国にもまして強く、未来先取り的でなく、古い枠組みになお執着しているとも言える。
 そのため、「未来先取国家」の副題のもとに紹介するには適さないかもしれないが、そこには数百年にわたり植民地支配下に置かれ続けた苦い歴史への反省があるだろう。一方で、先祖の地であるノルウェーへの統合を望む声も聞かれるなど、小国の独立保持には揺らぎも見えている。その限りでは、国民国家の未来が垣間見える。

fuji国民国家へのこだわりの強さという点では、やはり日本とも共通項を見い出せるアイスランドだが、外国からの移民の受入れには意外に積極的で、人口の10パーセントを移民が占めており、同1パーセントの日本とは対照的である。アイスランドの国際関係においては独立がキーワードであるが、孤立・鎖国政策とは無縁である。独立を保持しつつ、開かれた島国たらんとしているようである。

2014年12月18日 (木)

アイスランド―先取未来国家(連載第10回)

nine 政治制度

 アイスランドの公式建国年は西暦930年とされるが、これは世界最古の議会制度(アルシング)が発足した年とされる。ただ、議会といっても、近代的な意味での議会ではなく、あくまでも氏族制を前提とした古代ゲルマン民族共通の民会制度の発展形態にすぎなかった。
 とはいえ、アイスランドは主としてノルウェーバイキングを主体とする入植者が形成した島国であり、建国以来君主や貴族を持たず、市民的共和制の伝統を貫いてきた(デンマーク統治時代はデンマーク王制に服した)数少ない国の一つである。
 長いデンマークの植民地支配から解放された1944年以降は、大統領共和制の基本を維持してきた。ただ、大統領は直接選挙で選ばれながら、原則として象徴的な存在にとどまり、政治の実権は内閣を率いる首相にあるため、実質上は欧州によく見られる議院内閣制とも言える。
 ただ、大統領には立法拒否権を行使し、国民投票に付する権限が付与されており、重要な局面でこの伝家の宝刀を抜くことがある。2008年の金融破綻に際しては、銀行救済法案に対してグリムソン大統領が拒否権を行使し、国民投票にかけたことで、「キッチン用具革命」に拍車をかけた。
 現時点で五期目の長期在任となっているグリムソン大統領は二期目に史上初めて大統領拒否権を行使して物議を醸した人物でもあったが、直接選挙制の大統領に拒否権のような消極的な牽制権を付与する制度はそれなりにバランスの取れた民主制度とも言える。
 ただ、アイスランドの政党地図は北欧の中では最も保守的である。実際、「革命」までは保守政党である独立党を中心とする保守連立政権(時に保革大連立)がほぼ続いてきた。北欧を特徴づける社会民主主義政党は相対的に弱く、社民主義政党中心の左派政権は先の「革命」の時に初めて成立したが、次の選挙では再び保守系政権に戻った。*ただし、農民系保守政党・進歩党が躍進した。
 建国の経緯から平等性の高いアイスランドでは貧富格差も小さく、階級対立がほとんど見られなかったことから、左右のイデオロギー対立はなく、保守政党もリベラルで、社民主義とも重なり合う。そのため、アイスランドは多党制ながら、柔軟な政策本位の政治を可能としている。このことは、未来の政党なき民主主義のほのかな予示と言えるかもしれない。

fuji共和制の経験のない日本と古代の建国以来共和制のアイスランドの政治的な相違は大きいとはいえ、保守優位の議院内閣制という限りでは、日本政治とも意外な共通項のあるアイスランド政治であるが、保守の中身は相当に異なっている。日本保守はますます右傾化し、欧州なら単なる保守の一線を越えて極右に分類されかねない地点まで来ている。表面上似ていても、行く先はかなり違ったものとなるはずである。

2014年12月 7日 (日)

アイスランド―先取未来国家(連載第9回)

eight 福祉政策

 北欧と聞けば、日本では福祉国家のイメージがまず浮かぶ。そのイメージは間違いではないが、北欧5か国の中でも孤島であるアイスランドは他の4か国とはやや違っている。
 たしかに、アイスランドも小さいながら北欧型福祉国家であり、20世紀半ばにようやくデンマークから独立して以降、その基本構造は政府が税を財源に広範囲にわたり公的に社会サービスを提供するいわゆる北欧モデルを踏襲していた。
 とはいえ、一般的な北欧諸国とは異なり、島国のアイスランドでは家族や近隣ネットワークを通じた私的扶助のシステムが機能してきた。そのため、福祉国家とはいえ、最盛期のスウェーデン福祉国家のように大規模な公的支出に支えられた社会保障制度は構築されず、北欧の中では相対的に最も公費負担率の低い国であり続けた。
 こうした構造は、元来、他の北欧諸国と異なり社会民主主義政党が弱く、保守系優位であったことも手伝い、新自由主義の影響を受け入れやすかった。90年代半ば以降、保守政権の下で福祉政策の見直しが集中的になされた。福祉国家は解体こそされなかったが、社会サービスへの公的支出は削減され、民営化も進められた。結果として、理論的な北欧モデルからはみ出す独自のアイスランド・モデルと呼ぶべきものが形成された。
 しかし、2008年の大不況最中での「キッチン用具革命」の結果、史上初めて社民党主導の左派連立政権が成立したことで、流れが変わった。金融破綻は徳政令や銀行の責任追及に向かわせ、市場偏重・社会サービス削減とは別の道が目指された。政権は危機を逆手に福祉国家の再構築を試みたのだった。
 しかし、次の選挙で、有権者は再び保守系政権を呼び戻した。これによって、「革命」も一段落し、元のアイスランド・モデルに復帰していこうとしているかのようである。亡国寸前まで追い込まれた金融破綻を乗り切った後のアイスランド・モデルの行方はまだ明確ではない。

fujiアイスランドは日本よりははるかに福祉国家的であるが、私的扶助の気風も強く、公的支出が限定的である点では共通項もある。しかし島国とはいえ、「大国」日本では私的扶助の絆も弱まるばかり。そこへ財政再建のための支出削減・増税が加わり、生活破綻の予感も迫る。アイスランドの将来もなお不透明で、金融破綻以降貧困率は上昇している。一方、マクロ的にはEU平均を超えるV字回復傾向も見られる。「アベノミクス」との対比で、アイスランド・モデルの行方を見ていくことには意義があるだろう。

2014年11月13日 (木)

アイスランド―先取未来国家(連載第8回)

seven 財政経済

 アイスランドは元来は漁業を主軸とする一次産業国であったが、次第に第三次産業の発達により、小さいながらも欧州有数の経済先進国にのし上がる。1990年代以降は小国にありがちな金融立国を目指して邁進していた。それは成功していたように見えた、2008年の世界大不況までは。 
 国の経済財政を奈落の底に突き落とした大不況の当時、アイスランドは金融・不動産のような投機的分野がGDPの四分の一近くを占める偏向した状況に達していた。
 そうした中、08年9月、大手グリトニル銀行の経営破綻を契機に、他の大手銀行も連鎖的に次々と経営破綻した。デフォルト総額は850億ドル(当時の円換算で約7兆円)だが、GDPが126億ドル(08年当時)規模の国にとっては十分な巨額であった。非常事態を宣言した政府は直ちに破綻行を国有化したうえ、公的資金を投入して救済を図った。
 ここまでは危機管理の虎の巻どおりであるが、違ったのはその先だった。銀行救済優先の危機対応に民衆が強く反発し、大規模な抗議デモを起こしたのだ。しかし銃を向けるのではなく、キッチン用品などを投げつけるという生活感覚溢れる抗議行動を採った。歴史上革命が起きたことのない国柄で、国民は従順と見られていただけに、政府は恐慌を来たした。
 市民の要求は政権交代とともに、制憲会議の招集と憲法改正案の策定にまで行き着いたため、この出来事はそのユニークな抗議手法にちなんで「キッチン用具革命」と名づけられた。不況に絡んで一種の民衆革命が起きたのは、世界でもアイスランドだけであった。
 こうした下からの突き上げの結果として、銀行の大規模な債権放棄(一種の徳政令)と経営破綻を起こした大手銀行幹部から破綻当時の首相の刑事責任の追及という他国では見られなかった市場より生活者重視の危機対応策が実現したのであった。また、男性中心の銀行経営の偏向性も問題視され、女性頭取の抜擢などジェンダー平等的な改革策に及んだのも、かねてより高度なジェンダー政策を持つアイスランドらしさであった。
 このような一見反市場的とも言える危機管理は、経済的にも合理性が証明されている。大不況から6年を経た現時点で、アイスランドの景気回復は順調であり、長期不況に陥っているEU平均を上回る回復ぶりを見せている。こうしたV字回復を後押ししたのは、皮肉にも経済危機で自国通貨アイスランド・クローナが暴落した影響で輸出が大幅に伸びたことであったが、民主的な危機対応で生活者を救済したことも功を奏している。
 こうして産業の乏しいアイスランドは安易な金融資本主義の道に走り、金融破綻による亡国の瀬戸際まで行ったが、それを救ったのは民衆であり、かつ民衆の要求に敏感に反応し、迅速に行動した政府の民主的な姿勢であった。

fuji民衆革命が起きたことのないアイスランドの歴史は、日本とも共通していたが、アイスランドでは亡国の危機の最中で、初めて革命的な市民蜂起が起きた。それはまさに現在的な危機であったがゆえであろう。同じく危機に見舞われた日本では、08年末の「派遣村」止まりであった。危機の規模と影響範囲の相違もあるが、長期的な財政破綻危機を抱える日本では、果たして下からの突き上げは起こるのだろうか。それとも、危機の最中にあっても、国民は唯々諾々と政府に従うばかりであろうか。

2014年11月 3日 (月)

アイスランド―先取未来国家(連載第7回)

six 情報政策

 アイスランドの政策で先進的なものの一つに、情報政策がある。アイスランドは2013年度調査でインターネット普及率が世界トップで、ほぼ100パーセントに近く、電子納税やネットバンキングの普及も極めて進んでいる。
 こうした高度情報社会は自然にそうなったのではなく、政府の意識的な施策の結果である。そうした情報政策の中では、特に「Opportunity(機会)」「Responsiblity(責任)」「Security(安全)」「Quality of Life(生活の質)」の四つが基礎理念として掲げられている。
 中でも、最初の「Opportunity(機会)」とは、個人や企業がITを活用することで知識や交流を深め、いつでもどこでもビジネスをできるようにするという考えで、具体的には電子政府の推進、データの保護、メタデータの登録などについての検討や既存の法律や規制、申請手続きなどの面でインターネット活用ビジネスの障害を除去し、雇用機会を増やすことを政府の責任で主導することを意味する。
 これに関連して、アイスランドは、いわゆるビッグデータを医療に活用することを可能にする「保険医療分野データベース法」や「バイオバンク法」といった施策を世界に先駆けて導入したことでも注目されている。こうした施策をめぐっては当然にも、プライバシー保護や医療データの商業利用などの観点から多くの議論があるにもかかわらず、早期導入に至ったのは、アイスランドの技術に対する関心の高さの表れである。
 そのことは教育面にも現れており、アイスランドでは義務教育段階からプログラミングやパソコンを活用した映像製作など高度な情報教育が取り入れられている。これは先の四つの理念のうち、二番目の「Responsiblity(責任)」に関わり、誰でもインターネットにアクセスできるようにするという観点から、学校や図書館にwi-fiを含む多数のインターネット端末を常備するほか、視覚障碍者や色覚障碍者の利用にも配慮することが目指されているのである。
 一方で、超IT化社会で起こりがちな子どものネット漬けにも配慮し、特にネットゲームが子どもに及ぼす影響に関する調査にも政府が責任を持つとされている。
 こうした先進的な情報政策の目的は、技術大国ぶりを世界に誇示するためではなく、先の四理念の四つ目「Quality of Life(生活の質)」に置かれていることがアイスランドらしさ―広くは北欧らしさ―であり、要するに教育や文化、医療などの社会サービス分野にITを活用して生活の質を高め、より豊かな社会を実現することが究極の目的とされているのである。

fuji日本も技術大国のはずであるが、それは主としてアナログ技術のことで、デジタル技術に関しては後追い状態になっているのではないか。インターネット普及率ですら、いまだトップ10にも入っていない状況であり、学校でのIT教育も遅れている。しかしアイスランドとの違いは技術力の差とは考えられず、政策力の差としか考えられない。日本ではあらゆる施策が「国を豊かにする」という国力増強に傾きがちであるのに対し、アイスランドの場合は、本文でも見たように、「生活の質を高める」ことに置かれる。この違いは、「政策の質」にも影響してくるに違いない。

2014年10月13日 (月)

アイスランド―先取未来国家(連載第6回)

five 教育政策

 アイスランドも小さいながら北欧型福祉国家―世界最小福祉国家―であるが、アイスランドの福祉国家は、どちらかと言えば狭義の福祉政策よりも教育政策のほうに特色がある。アイスランドが教育に力を入れることには、人口30万人余りと大国なら地方小都市レベルの小国ゆえ、限りある国民を育成して、自己完結的な独立国家として運営していかなくてはならない事情がある。
 アイスランドも西欧型近代教育制度を持ち、義務教育→高校教育→大学教育という基本的な教育枠組みは日本と大差ないが、一連の学校制度はほぼすべてが国公立であり、授業料は無料である(ただし、高校と大学には入学金に相当する登録料あり)。
 高校と大学に入学するための選抜試験は存在せず、それぞれ義務教育修了資格及び高校教育修了資格があれば、自動的に進学可能となっている。この点は他の北欧諸国でも同様であるが、高校から大学へ直行することなく、モラトリアム期間をおいて大学へ進学することが可能である。
 義務教育は10年一貫制で、日本のように小学校と中学校の区別はない。義務教育で追求される理念は、暗記中心の知識詰め込みではなく、日常生活の中から問題を自ら発見し、創造性を涵養することに置かれる。そのために、定型的な教科教育以上に日本の技術家庭科と美術を併せたような「工芸」が重視されている。また政府機関などが共催する生徒向けの全国発明コンペが開催され、入賞した生徒のアイデアをもとに、プロのアーティストや技術者とともに作品に仕上げられる。
 IT教育にも力を入れており、パソコンの基本から、パソコンを使った作品制作まで、ここでも知識や操作法ばかりでなく、創造性の涵養が重視されている。
 言語教育に関しては、古来使用されてきたゲルマン系民族言語アイスランド語が教育されることはもちろんであるが、アイスランド語はほぼ国内限定の古風なローカル言語であることから、生徒に国際性を身につけさせるため、義務教育段階から旧宗主国デンマークの公用語であるデンマーク語と英語が教育され、高校ではもう一つ外国語を選択しなければならないなど、多言語教育に力を入れている。
 4年制の高校は、普通高校と工業高校、両者を併せた総合高校、商業高校と進路に合わせて系統が分かれる点では日本の制度と似ているが、すべての学校で修了試験がある。普通高校の場合は、それが大学入学資格となる。
 大学教育は原則3年と短いが、医学部・法学部など高度専門職養成に特化した学部では1年次修了時に選抜試験が行なわれる。ただ、小国ゆえに大学教育の充実度には限界もあり、特に大学院レベルでは英米など大国への海外留学者も多い。
 障碍者教育では、隔離でなく包摂が理念となっており、「みんなのための学校」を目指し、知的障碍者向けの特別学校を除けば、軽度障碍者や身体障碍者は普通教育の中に吸収されるようになっている。これもひとりひとりを尊重する小国ならではのことであろう。

fuji人口30万人というと、筆者の地元市より少し大きい程度で、それを地方自治体でなく、自己完結的な独立国家として運営していくためには、限りある国民の創造性を引き出す教育が不可欠の鍵となる。その結果が、ユニークな教育政策である。1億超の人口を抱え、経済大国維持のため「人材」の画一的量産を続けてきた日本の教育政策とは異質である。しかし、未来性を考えた場合、どちらに分があるだろうか。

2014年10月 3日 (金)

アイスランド―先取未来国家(連載第5回)

four ジェンダー政策

 アイスランドは、国際的な経済団体「世界経済フォーラム」が2006年度から毎年発表する「ジェンダー格差指数」―経済・教育・政治・健康の4分野で、計14の変数を用いて、両性間の平等性を算出したデータ(以下、単にジェンダー指数という)―のランキングで、2009年から5年連続で首位につけている。
 ジェンダー指数ランキングでは例年北欧諸国が上位をほぼ独占しており、北欧地域全般が世界で最も両性間平等性の高い地域となっているが、中でもアイスランドが際立っている。
 このような高い平等性は、自然にそうなったわけではなく、政策的に積み重ねられたジェンダー政策の賜物である。元来、アイスランドは小さな島国で、北欧の中では保守的な風土の国であり、特段ジェンダー平等性が高い国とは言えなかった。風向きが変わり始めたのは、1980年に当時世界で初めて女性のヴィグディス・フィンボガドッティルが民選大統領となってからであった。
 アイスランド大統領は儀礼的な存在であるため、女性大統領主導でジェンダー平等政策が進められたわけではないが、いきなり国のトップに女性が就いたことは、ジェンダー平等にとって大きな追い風となった。
 以後のアイスランドでは、男性にも開かれ、80パーセントの給与保障付きの充実した育児休暇制度や託児所の整備により、2パーセント台の出生率を維持しながら、高い女性の就業率を確保している。また両性の幹部職割合を法的に均等化するクォータ制度の導入により、大手企業の女性役員割合も4割近くまで上昇している。
 一方で、アイスランドは児童保護の国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」が毎年発表する「母親指数」―母親となるのに最適環境が整備されているかを示す指標―でも、例年上位につけ、世界でも最も育児のしやすい環境となっている。そのためか、アイスランドの出生率は欧州でもトップクラスの2.0前後を保持している。
 国会の女性議員割合ではアイスランドでもかねてより北欧で標準的な4割前後をキープしてきたが、実質的な政治指導者である首相に女性を出したことがなかったところ、2010年に初めて女性のヨハンナ・シグルザルドッティル首相を出した。シグルザルドッティル政権下では、ジェンダー平等政策がいっそう進み、ストリップ劇場の非合法化など、文化的な面での急進的なフェミニスト政策にも及んだ。
 さらに狭義のジェンダー政策にとどまらず、2010年には同性婚を合法化するなど、性的指向性(セクシュアリティー)の平等にも及んでおり、実際、シグルザルドッティル首相自身レズビアン(またはバイセクシュアル)であり、世界で初めて同性婚をした国家指導者となった。

fuji小国アイスランドのGDP規模は世界123位(2012年国連統計)で、前後にはアフリカ諸国が並ぶ。一方、日本は4位以下を大きく引き離して世界第3位が近年の定位置だが、ジェンダー指数では105位(2013年度)、母親指数でも31位(同年度)と、誇れる数字ではない。まして、同性婚など議論の俎上に乗ることもない。経済の規模の拡大をひたすら追求する国と、社会経済の公正さを追求する国の差がくっきりと浮かび上がる。

2014年9月20日 (土)

アイスランド―先取未来国家(連載第4回)

three 平和政策

 アイスランドには、軍隊組織が存在しない。軍隊を保有しない国はアイスランド以外にも存在するが、多くは比較的新設の小国であり、アイスランドのように1000年以上の歴史を持つ古い国で、一度も軍隊を保有したことがない国は極めて稀である。
 ただ、アイスランドのような小国では、自国に固有の軍隊を持たないが、協定に基づいて大国に防衛を委託している場合が少なくない。
 実際、アイスランドは北大西洋条約機構(NATO)の原加盟国であり、冷戦時代には大西洋をはさんで欧州と北米をつなぐような位置にあるアイスランドに着目したアメリカがアイスランド防衛隊の基地を置き、対ソ連牽制を兼ねてアイスランド防衛を担っていた。
 冷戦終結後も、アイスランドはEUに加盟せず、NATO加盟国であり続けたため、地理的には北欧に位置しながら、地政学上は北米に包摂されるような外交安保政策を継続した。
 しかし、アイスランド米軍基地はまさしく冷戦の産物そのものであったため、冷戦終結後、アメリカ側の戦力再編計画で廃止が決まったのであった。アイスランド政府は存続交渉を続けたが、アメリカ側の意思は固く、2006年に基地は完全撤収した。
 このように、アイスランドの米軍基地撤収はアメリカ側の政策変更により実現されたことで、アイスランド側から追い出したわけではないという点には留意する必要があるだろう。アイスランドが本来想定する防衛政策は、アメリカに防衛を委託するというものであって、その限りでは絶対的平和主義に立っているのではない。ただ、米軍基地撤収を受けて、固有の軍隊を設立するという方向に赴かなかったのは、軍隊を保有しないというアイスランドの平和政策にぶれがなかったことを示している。
 ともあれ、米軍基地撤収の結果、アイスランドは丸腰の状態となった。しかし決して安全保障を無視しているわけではなく、沿岸警備隊所管のアイスランド防空システムと呼ばれるレーダーによる領空監視活動や、小規模な諜報活動は展開している。また引き続きNATO加盟国としてNATOによるアイスランド領空警戒活動という巡回防衛システムも運用されている。一方では、警察や沿岸警備隊などの文民警察要員を中心としたアイスランド危機対応部隊を組織し、各地の紛争地域に派遣するなど、平和維持活動への参加も積極的に行なっている。
 このように、アイスランドはアメリカ軍撤収の結果としてではあるが、軍隊によらない非軍事的な安全保障政策の小さな実験場となっているのである。ちなみにこれも結果的ではあるが、公的部門では二酸化炭素排出量が最も多い軍隊を保有しないことで、環境的持続可能性をも高めている。

fuji軍隊不保持政策が徹底しているアイスランドだが、意外にも、いわゆる平和憲法は存在しない。従って、憲法上は軍隊を創設しても問題ない。一方、日本は軍隊の不保持を明言する平和憲法を持ちながら、なし崩しの「解釈改憲」により事実上の軍隊保持が既成化している。しかし本格的な再軍備には改憲手続きが必要となる。このような一見不可解なねじれ関係は、両国の歴史と安全保障環境の違いがもたらしている。

2014年9月13日 (土)

アイスランド―先取未来国家(連載第3回)

two 環境政策

 アイスランドは人口わずか30万人余りの島国であるが、政策の面では単に「先進的」にとどまらず、「先端的」と呼ぶべき未来先取り的な特色がある。中でも、エネルギー政策を軸とする環境政策である。
 アイスランドの一次エネルギー供給は、その85パーセントを地熱と水力の再生可能エネルギーで―発電に関しては、100パーセント―カバーしている。化石燃料の比率は残余の15パーセントにすぎない。
 特に地熱はアイスランド名物とも言えるもので、一次エネルギー源の65パーセントをカバーする。発電に関しては、水力の75パーセントに比して、地熱は25パーセントにすぎないが、寒冷地に必須の家庭用暖房に関する限り、90パーセントを地熱発電でカバーしている。
 このように地熱の割合が高いのは、アイスランド特有の地理的条件による。前回指摘したように、アイスランドは火山国であり、全国に多数の間欠泉・温泉が点在する「温泉大国」でもあり、地熱活動は極めて活発である。こうしたことから、地熱の活用は必然であり、未開発の地熱源がまだ数多く存在すると見られている。
 一方、アイスランド政府は、2050年までに脱石油・水素社会に転換する長期計画を持っている。その準備活動として、「生態学的都市交通システム」(ECTOS)の実験プロジェクトとして、水素燃料電池バスの導入や、水素燃料スタンドの建設などが進められているところである。
 こうした先端的なエネルギー政策の結果、火力発電も原子力発電も行なわないアイスランドは一人当たりのグリーン・エネルギー産出量が世界最大であり、なおかつ一人当たりの発電量も最大級という環境と電力の両立を可能にしている。
 ちなみに、鉄道がないアイスランドでは自動車が主要な陸上移動手段となり、1000人当たり自動車保有台数ではアメリカ並みの自動車王国であるわりに、未舗装道路が多く残されている。これは未開発による放置ではなく、むしろ現生的自然を残すための意図的な「非開発」の結果である。
 しかし、こうした環境先端国アイスランドにも、一つ痛恨の環境破壊がある。それは、前回も指摘した乱伐による森林破壊である。古い記録によると、アイスランド本島は最盛時30ないし40パーセントが森林に覆われていたと見られているが、現在の森林面積は国土の0.3パーセントにまで縮減している。目下、植林による森林復活の努力がなされているが、成果は途上である。
 一方、島国として漁業を主産業としてきたアイスランドは、漁業資源の持続可能性を考慮し、漁獲枠を計画的に設定する「譲渡可能個別割当制」(ITQ)を導入しつつ、水産会社には漁獲枠使用税を課す策で、生物多様性と水産業の両立を図っている。

fuji環境政策面でアイスランドが唯一後ろ向きなのは捕鯨。捕鯨国としては、日本とも「盟友」関係にある。ただ、日本と同様、鯨食文化があるとされるアイスランドでも昨年 IFAW(国際動物福祉基金)が実施した世論調査によると、鯨肉を定期的に食べるアイスランド人は3パーセントしかいないことが判明、文化論的な捕鯨賛成論は根拠を失いつつある。

2014年9月 7日 (日)

アイスランド―先取未来国家(連載第2回)

one 自然環境

 アイスランドと言えば、まず第一に原生の自然が注目される。しかし、海外の自然を取材する日本のテレビ番組でもアイスランドはめったに取り上げられず、最近では作家の椎名誠を旅人とするフジテレビの旅番組シリーズ『椎名誠のでっかい旅!』の最終編(2014年6月27日放送)でアイスランドが大きく紹介された程度である。
 この番組の副題「地球最大の火山島アイスランドの謎に迫る」にもあるとおり、アイスランドは典型的な火山島である。しかも、火山活動は極めて活発で、30もの火山系(活火山数では200超)を数える。最近も今年8月末に南東部のバルダルブンガ火山が噴火し、警戒された。このような活発な火山活動はアイスランドが大西洋中央海嶺とアイスランドホットスポットと呼ばれるマグマ上昇点の真上に位置するという特殊な地形のせいだという。
 海嶺は常に拡張活動を継続しており、日々新たな大地が形成されているため、大地が引き裂かれる形でギャオと呼ばれる避け目を生じさせる。こうしたことから、アイスランドは地球の活動が地球上で最も活発であり、地球が生きた惑星であることを視覚的に実感できる場所なのである。
 一方で、アイスランドは氷河とフィヨルドの島でもあり、国土の約10パーセントは氷河で覆われ、沿岸には多数のフィヨルドが見られる。このような火山と氷河の結びつきは、噴火に伴い氷河の溶解・洪水を引き起こし、多重災害のリスクを高める危険な組み合わせでもある。
 アイスランド本島内陸部は溶岩砂漠と荒野に覆われ、荒涼とした無人地帯である。かつては樺林が相当に広がっていたが、乱伐によりごく一部を残してほぼ喪失したため、荒涼さを倍化させている。農業適地は少なく、牧畜は成り立つが、農業は主産業たり得ない。
 このようにアイスランドは新しく活動的な火山島であるがゆえに、厳しい自然環境にある。特に火山の噴火は最悪、亡国にもつながる。実際、18世紀に発生した南部のラキ火山及びグリムスヴォトン火山の連続大噴火は家畜の大量死と飢餓により国民の四分の一が犠牲となる歴史的な大災害として記憶されている。
 現代アイスランドは小さいながらも北欧型福祉国家の一つであり、前出番組でインタビューされたアイスランド人も「医療・福祉・教育などの面では全く不安はないが、災害だけが唯一の不安」と述べていたのは、平均的アイスランド人の意識を代弁するものであろう。
 連載初回でアイスランドは持続可能性では最高レベルと指摘したが、同時に災害による亡国可能性も秘めている。しかし、災害による亡国は今や世界中どこでも起こり得る事態であり、そうした破局的な意味でも、アイスランドは未来を先取りする国だと言えるのである。

fuji地震活動が活発な日本でも生きた地球の活動を体感できるが、地面の下は見えないので、地球が惑星であるという実感はなかなか湧かない。その点、アイスランドでは全国どこでも惑星地球の活動を風景として目にすることができる。

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