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〆言語発展論

2019年6月 8日 (土)

言語発展論(連載最終回)

第3部 新・世界言語地図

九 独立語族/独立語について

 前回まで、「語環」という概念によりながら、現存する世界言語を概観してきたが、地球上にはどの語環にも属さないように見える独立語族、さらにはどの語族にすら属さないように見える独立語も存在している。
 とはいえ、独立語族/独立語というものも、古くは周辺に同系の語環が広がっていたところ、その内包言語の多くが絶滅し、一部が存続している「残存言語」と、周辺語環から分離した結果、独立した「分離言語」とに大別できる。
 いずれにせよ、独立語族/独立語といえども、発祥以来完全に「孤立」していたわけではなく、形成過程で徐々に独立性を強めていったという限りでは「孤立」という語を冠するのは不適切であり―言語形態論上の「孤立語」と紛らわしい―、「独立語」と呼ぶものである。
 このうち前者の「残存言語」の代表例としては、中国南部からインドシナ半島北中部にかけて点在的に分布するミャオ‐ヤオ語族とタイ‐ガタイ語族、南インドに広く分布するドラヴィダ語族を挙げることができる。
 ミャオ‐ヤオ語族とタイ‐ガタイ語族は孤立語や声調の特徴からシナ‐チベット語族との共通性もあるが、語彙の相違も大きく、独立した語族とみなされるが、かつては中国大陸に広く分布していた可能性がある。漢民族が北方から移住・拡散していった歴史の過程で押され、点在的に残存した語族であろう。
 一方、ドラヴィダ語族はタミル語をはじめ、多くの言語を含み、現在でもインド南部で主要な日常言語として広く用いられ、印欧語族と並んでインドを象徴する語族である。
 印欧語族のアーリア人大移動以前、インダス文明で使用されていた言語もドラヴィダ系と推定され、かつイラン南西部で古代帝国を構築したエラム人のエラム語との近縁性も指摘されるので、現在はほぼ南インドに限局されるドラヴィダ語族も、かつてはより広域的な語環を形成していた可能性もある。
 一方、南欧のバスク語は同系言語を他に見出すことのできない代表的な独立語として著名であるが、フランス南西部のアキテーヌでかつて使用された絶滅言語アクイタニア語との同系性が有力視され、同じく絶滅言語で、かつてイベリア南部で使用されたイベリア語との関連性も指摘されているところから、仮説的には「バスク語族」あるいは「イベリア語環」をも観念できるかもしれない。
 後者の「分離言語」の代表例としては、日本語族とコリア語族が想定できる。いずれも膠着語としてウラル‐アルタイ語環との共通点を持ちながらも、東の辺境地で独自に発達を遂げたため、母音調和法則の消失など、音韻や語彙面で分離された言語である。
 なお、共通祖語を再構することはできないながらも、日本語族とコリア語族の間の近縁性を考慮すると、仮説的に「日本‐コリア語環」を立てることができるかもしれない。とすれば、これは独立した小語環となる。

2019年5月18日 (土)

言語発展論(連載第25回)

第3部 新・世界言語地図

八 その他の語環―小語環

 前回まで見てきた印欧‐阿亜、ウラル‐アルタイ、シナ‐チベット‐オーストロネシア、ニジェール‐コンゴ、シベリア‐アメリカの世界五大語環だけで現存する地球上の言語の大半をカバーしているが、こうした「大語環」の周辺部にはいくつかのより地域限定的な「小語環」が分布している。
 これらの「小語環」はその分布域や使用者人口こそ限られているとはいえ、相当に古い歴史を持つと見られるものが少なくない。例えば、アフリカ大陸南部のコイサン語環(コイサン諸語)である。
 このグループはアフリカ大陸では少数言語ながら、吸着音や多数の音素など言語が動物的な音声からスタートした起源を現在にも痕跡的に残す言語グループである。その使用者諸民族も最も古くに分岐したハプログループAを保持する割合が高い。
 アフリカ大陸には他に、サハラ地域を中心に分布するナイル‐サハラ語環がある。このグループは通常、「語族」としてくくられるが、厳密な共通祖語の再構は確定的でなく、語環にとどまるだろう。言語地理的には北の阿亜語族と南のニジェール‐コンゴ語環の間に挟まれる緩衝的位置にある。
 さらに、コーカサス地方に分布するコーカサス語環(コーカサス諸語)は、自動詞の主語と他動詞の目的語が同等に扱われ、他動詞の主語だけが別扱いを受ける性質(能格性)をもつ能格言語の代表例であるが、この能格という文法的性質は、言語の膠着化や屈折化が進み、言語が対格性を獲得する以前の特徴を示しているかもしれない。
 このコーカサス語環が分布するコーカサス地方は、人種分類にいわゆるコーカソイドの発祥地と目され、コーカサス地方の住民が多く保持するハプログループGは最も古い遺伝子系統の一つであり、アルプス山脈で発見された約5000年前の凍結ミイラのアイスマンも同系統の遺伝子を保持していたことが判明している。
 欧州に印欧語族人が移住して制覇する以前にはこの語環がより広く欧州に広がっていた可能性があるが、印欧語族によって遺伝的・言語的にも上書きされていき、原郷のコーカサス地方にだけ残存したものであろう。
 アジアに目を移すと、シナ‐チベット‐オーストロネシア語環の周辺には、インドシナ半島に分布するオーストロアジア語環がある。ベトナム語やクメール語に代表されるこのグループは通常、「語族」としてくくられるが、共通祖語は再構されていない。孤立語の特徴を共有するが、相違点も少なくないことから、語環と見るほうがよいと思われる。
 一方、オセアニアには、オーストロネシア語族に包摂されるマレー‐ポリネシア語派の諸言語が広く拡散しているが、ニューギニアとオーストラリアには固有の言語グループがある。すなわち800もの言語に分かれたニューギニアのパプア諸語、オーストラリア先住民アボリジニが共有する200以上の諸言語から成るオーストラリア諸語である。
 ただ、オーストラリア諸語はアメリカ先住民の言語同様、文化面にも及ぶ民族浄化政策により、オーストラリア公用語の英語に置換され、絶滅危機に瀕する言語が多い。
 一方、パプア諸語は山岳と熱帯雨林に覆われたニューギニア島の厳しい地理的特質と帰属言語数の多さゆえに、世界の言語の中でも研究が最も遅れており、インドネシア領の西部地域における相当数の非接触部族の存在ゆえに、未知の言語を含む。
 パプア人とアボリジニはともにハプログループCを多く保持する古い民族であり、出アフリカ後、インドを経由して当時はニューギニアとオーストラリアを接合していたサフル大陸に定住した人々の末裔と考えられる。その後の地殻変動でニューギニアが切り離されたことで、同島に残留した人々はパプア人となり、パプア諸語が形成された。
 こうした経緯に加え、両諸語には音韻のほか、純粋型でない能格言語などの共通指標も見られることから、両者を一つの語環―サフル語環―と仮説することもできるかもしれない。しかし、上述したような言語状況ゆえに、仮説上のサフル語環については、言語保存運動とともに今後の研究に待つべき点が多い。

2019年4月20日 (土)

言語発展論(連載第24回)

第3部 新・世界言語地図

七 シベリア‐アメリカ語環

 南北アメリカ大陸には、同大陸をインドと誤認して「発見」したヨーロッパ人によってインディオとかインディアンと名づけられた先住民族の膨大な言語群が存在しており、比較言語学上はすべてを包括して「アメリカ先住民諸語」と呼ばれてきた。
 しかし、この総称は300を超える言語をすべて束ねた大雑把なくくりにすぎず、そこには10を超える大語族といくつもの独立語がすべて包括されている。それらは相互には疎通不能なほど多彩であり、「アメリカ先住民諸語」の共通祖語を再構することは不可能である。おそらく「アメリカ先住民諸語」は一つの共通祖語から分岐したものではないからである。
 一方、遺伝子系譜的に見ると、アメリカ先住民は最北のイヌイットを含めて、ハプログループQを共有している。意外にも、この遺伝子系統の発祥地は2万乃至3万年前のイラン付近と推定されており、そこから東進してシベリアを通過し、まだ陸続きだった頃にアメリカ大陸へと順次移動したと見られている。
 実際、通過点のシベリアでは少数民族ケット人に90パーセント以上という高頻度でハプログループQが見られるので、極端にはアメリカ先住民の祖先集団はケット人だと言うこともできる。さらに興味深いことに、かれらの固有言語ケット語が属する中央シベリアのイェニセイ語族と主として北アメリカに広く分布するナ・デネ語族の間に共通祖語から分岐した同族関係が立証されたのである(デネ‐イェニセイ語族)。
 全般に、アメリカ先住民諸語とイェニセイ語族も含む古シベリア諸語は包合語の特徴を共有している。典型的な抱合語は動詞に他の意味的・文法的な単位が複合されて、一つの文意を成すような言語であるが、こうした特徴は品詞の機能が未分化だった古い言語の特徴を継承しているとも言える。
 現時点において、ベーリング海峡をはさんだユーラシア・アメリカ両大陸間で厳密な比較言語学的検証によって同族関係が立証され得るのは上掲のデネ‐イェニセイ語族のみであるが、遺伝子系譜をも総合した語環の観点に立てば、ここに「シベリア‐アメリカ語環」を想定することができるかもしれない。
 この語環は本来そこに膨大な数の言語を含むにもかかわらず、ロシアを含むヨーロッパ列強の植民地支配を経て、スペイン語や英語、ロシア語等に置き換えられ、現在ではその多くが死語ないし絶滅危惧言語と化している点で、前回までに見た四つの語環とは大きく状況が異なっている。実際、この語環の中で、一国の公用語の地位を持つのは1000万人以上の話者を持つと推定される南米のケチュア語をはじめ、ごく限られている。
 おそらく抱合語の持つ複雑さが現代の先住民族自身によっても回避され、より簡明な屈折語の印欧語系言語に置換されていく流れは今後も変わらないであろうが、「シベリア‐アメリカ語環」を立てることが、希少言語の保存に寄与することを期待する。

2019年3月18日 (月)

言語発展論(連載第23回)

第3部 新・世界言語地図

六 ニジェール‐コンゴ語環

 アフリカ大陸における代表的な語環であるニジェール‐コンゴ語環は、比較言語学上は共通祖語から派生した「語族」として包括されることが多い。これは、アフリカ大陸が19世紀末以降、西洋列強の分割植民地化されていった中で、特にサハラ以南の諸言語に対する比較研究が進展した成果として、部族ごとに膨大な数を擁する諸言語の系統関係が解明されてきたことによる。
 その一つの集大成として、アメリカの比較言語学者ジョゼフ・グリーンバーグにより提唱された「ニジェール‐コンゴ語族」は、その内包語群中「バントゥー語群」がその分布範囲と話者数において圧倒的な比重を占めているため、比較的に共通祖語を再構しやすかったと言える。
 そのため、「語族」としてのくくりが与えられるが、「バントゥー語群」以外の内包語群・諸語については共通祖語の再構が完了していないこともあり、すべてを一つの「語族」と認定すべきかどうかについては議論が分かれている。アフリカにおける言語的多様性からして、完全な再構には極めて困難が予想されるため、さしあたりは「語環」として把握しておいたほうが無難であろう。
 そのように見た場合、ニジェール‐コンゴ語環にはいくつかの共通指標があるが、その代表的なものは名詞の属性分類の細かさである。いわゆる名詞クラスと呼ばれるものであるが、ニジェール‐コンゴ語環を代表するバントゥー語群では10乃至20余りの名詞クラスを持つ言語が多い。
 名詞クラスの豊富さはおそらく、人類の初期言語が事物を指し示す名詞に始まり、動詞や形容詞のような品詞が発達する以前は、ほぼ名詞だけで文を構成していた時代の名残かもしれない。それだけこの語環の古さを象徴しているとも言える。
 このような名詞クラスは名詞に接頭辞として表示されるため、ニジェール‐コンゴ語環では接辞が発達しており、膠着語の特徴を持つ。一方で、ニジェール‐コンゴ語環には声調言語もしくは声調言語の痕跡を残す言語が多いことも特徴である。
 ちなみに、先のグリーンバーグはアフリカ大陸の内陸中央部に分布する「ナイル‐サハラ語族」という語群も同時に提唱しているところ、これと「ニジェール‐コンゴ語族」の内的関連性を想定してより大きな語族を仮説する見解もあるが、立証されていない。なお、「ニジェール‐コンゴ語族」については確定的とみなす場合、これはどの語環にも属しない独立した語族の例となる。

2019年2月13日 (水)

言語発展論(連載第22回)

第3部 新・世界言語地図

五 シナ‐チベット‐オーストロネシア語環

 シナ‐チベット‐オーストロネシア語環とは、比較言語学の通説上は別語族として立てられているシナ‐チベット語族とオーストロネシア語族とを併せて一つの語環に包括したものである。もっとも、後述のように、これらを共通祖語から派生した単一の語族とみなす新説もある。
 通説上のシナ‐チベット語族は中国語とチベット語に代表される東アジアの代表的な語族であるが、研究の進展により、ビルマ語の系統もチベット語に近縁であることが判明し、語族全体がシナ語派とチベット‐ビルマ語派の二系統に大別されるようになっている。
 この語族の共通指標は、形態論上の孤立語と声調の存在である。その典型例がシナ語派としてくくられるいわゆる中国語であるが、現代普通話の文章体には接辞が現れ、膠着語要素が加味されているとされる。
 一方、チベット語は元来接辞を用いる膠着語要素が強かったところ、時代が下るにつれ、接辞が消失して孤立語的性格が強まったと見られている。ビルマ語の場合は孤立語的性格を持ちながらも、基本的には膠着語に分類されている。
 こうした語族代表言語間での不統一は、果たしてこの語族が共通祖語から派生した語族なのかについて疑問を抱かせる。一つの語族とすれば、おそらく、祖語はビルマ語のような膠着語であった。それが時代下って、チベット語のように孤立語化していき、最極点としてシナ語派(中国語)のような純度の高い孤立語へと変容していったのかもしれない。
 なお、現代普通話の文章体に接辞が現れたのは、接辞が排除された純粋孤立語は文意の解釈に難を来たすこともあり得るため、文意を明確にする必要性の高い文章体では、再び遠い祖語の膠着語要素が発現してきたためということも考えられる。
 さて、一方のオーストロネシア語族は、比較言語学の通説上マレー半島やインドネシア、フィリピンから南太平洋ポリネシア、さらにはアフリカのマダガスカルにまで拡散する語族として包括されているものである。
 元来、台湾に発祥すると見られるこの語族は非声調言語にして、接辞を多用する膠着語に分類されるが、接辞の多くは動詞に組み込まれて語形成される形であり、ポリネシア諸語になると、そうした接辞も消失し、孤立語化している。
 この点、近年の比較言語学的研究により、シナ‐チベット語族とオーストロネシア語族との間の基礎語彙や文化的語彙の音韻対応が解明され、両者の内的連関が指摘されるようになっている。この研究はまだ途上であり、両語族が実は同一語族であることの証明は確立されていないが、証明されなくとも、仮説上同一語環に包摂することは有益かもしれない。
 そうなると、声調言語という共通指標は失われることになるが、声調言語の代表格である中国語でも上古音は非声調言語であったと考える説もある。そうだとすると、実は声調は本来、この語環の共通指標ではなかった可能性もある。
 ちなみに、シナ‐チベット語族の発祥地は意外にも中国東北部という推定がなされている。そうだとすると、典型的な膠着語系であるウラル‐アルタイ語環の発祥地とも重なり、元来は膠着語だったシナ‐チベット‐オーストロネシア語環の間にも何らかの基層的関連性を想定できそうである。
 この語環の分布をたどれば、中国東北部から大陸中央を経由した後、西進してチベット、ビルマ(ミャンマー)方面への陸伝いの拡散と、中国大陸を南下して台湾を新たな起点に東南アジアを経由して、東進して南太平洋、西進してマダガスカルまでの海伝いの拡散という壮大な言語地図が描ける。

2019年1月26日 (土)

言語発展論(連載第21回)

第3部 新・世界言語地図

四 ウラル‐アルタイ語環

 今日の比較言語学の知見においては、ウラルとアルタイは、それぞれ別個の語族または諸語とみなされており、かつて提唱された「ウラル‐アルタイ語族」という包括は過去の謬論とみなされている。それというのも、語族の認定において決定因となる共通祖語を再構できなかったからである。
 そのうえ、両者の分離後、「アルタイ語族」というくくりもそこに含まれる代表的言語であるモンゴル語とトルコ語の間で共通祖語を再構できなかったために、「アルタイ語族」も否定され、より漠然とした「アルタイ諸語」に格下げされている。
 おそらく、言語遺伝的にはこうした細分類が精確なのであろう。とはいえ、ウラル語族とアルタイ諸語の間にはいずれも膠着語系であり、母音調和法則を持つといった特徴的な共通点があり、単一語族ではないとしても、連続的なグループに属することは否定し難い。そこで、「語族」は不成立としても、「ウラル‐アルタイ語環」を想定することはできるかもしれない。
 歴史的に見ると、ウラル語族系民族の祖は今日の中国東北部で、遼河文明を形成したと考えられる。これは紀元前6000年から3000年に遡る文明圏であり、その人骨の遺伝子系統上、ウラル語族系民族に多いハプログループN系が多いことが判明している。
 このことから、ウラル語族系民族の発祥地は中国東北部で、かれらは何らかの事情により東北部を脱し、その名の由来となったウラル山脈周辺に移動したものと見られるのである。この西への大移動の過程で、かれらの言語の特徴がアルタイ山脈周辺の諸民族にも普及し、共通特徴を持つ語環を形成したとも考えられる。
 このうち、狭義のウラル語族・フィン‐ウゴル語派に属する言語の中でも、フィンランド語やエストニア語を含むバルト‐フィン諸語やハンガリー語はウラル山脈周辺から欧州大陸部へ再移動した民族によってもたらされ、中でもハンガリー語はこの語環の最西部に位置する。
 一方、ウラル‐アルタイ語環の最東部として、コリア語や日本語も含まれるのかどうかは一つの問題である。両言語ともに膠着語という大きなくくりではウラル‐アルタイ語環に包摂できるが、母音調和法則は持たない。
 ただし、コリア語は16世紀頃までは母音調和法則を持っていたことが判明しており、日本語の場合も万葉仮名の研究から、上代には母音調和法則があったとする説も存在する。
 いずれにせよ、現代では両言語ともに母音調和法則を喪失していることはたしかであるが、古形まで含めて考察すれば、両言語はウラル‐アルタイ語環の事実上独立した分岐という位置づけも可能かもしれない。なお、コリア語と日本語の関係性などは、後に独立語族について取り上げる際に改めて言及する。

2019年1月 9日 (水)

言語発展論(連載第20回)

第3部 新・世界言語地図

三 印欧‐阿亜語環

 インド‐ヨーロッパ語族(印欧語族)は、童話でも有名なグリム兄弟による近代的な比較言語学の確立を経て構築された最も体系的に立証される語族であり、まさに「語族」の代名詞的存在である。
 インドとヨーロッパを広域的につなぐこの語族は、地理的に見れば「語環」に近い性質をも持つが、比較言語学的にすべての包摂言語が共通の印欧祖語から派生・分岐したことがかなりの確度で証明できるために、「語族」にまとめることができている。
 この語族はまた、総体として屈折語の特徴を共通指標とするから、屈折語の代名詞でもあり、「屈折語族」と呼んでもよいほどである。この屈折語としての共通特徴を持つもう一つの語族としてアフロ・アジア語族(阿亜語族)と呼ばれるものがある。
 この語族は古くは聖書の神話的な民族分類に影響されて、セム‐ハム語族などと指称されていたが、今日では西アジアからアフリカにまたがる分布状況に沿ったアフロ‐アジアという地域的な名称に変更されている。
 阿亜語族は印欧語族のように共通祖語がいまだ再構されていないため、厳密には「語族」というより、「語環」に近い性格を持つ。そのうえで、動詞の活用変化に現れる屈折的特徴を大きくとらえれば、印欧語族との外的なつながりを認め、「印欧‐阿亜語環」というグループを想定できるかもしれない。
 ただし、今日では阿亜語族の中でも、ベルベル語派やソマリ語のように膠着語系に転化しているものもあるうえ、印欧語族でも英語などは発展過程で屈折の簡易化が進み、事実上の膠着語化を来たしていると理解する余地もあるが、古形においては複雑な屈折を共通指標としていたと考えられる。
 両語族をつなぐ人類遺伝子上の系統はハプログループR1bである。この遺伝子系統は印欧語族系民族間で特に顕著に認められるが、阿亜語族系民族間にも拡散的に認められ、両者をつなぐ鍵となっているからである。
 実際に両語族の交錯がはっきりと現存言語に残されているのが、マルタ語である。地中海のマルタの公用語であるマルタ語は欧州では唯一の阿亜語族・セム語派に分類される言語であり、発生的には中世シチリア島がイスラーム勢力に支配されていた時代の公用語であったシチリア・アラビア語に起源があるとされる。
 一方で、マルタ語は印欧語・イタリック語派に属するシチリア語からも多くの単語を取り込んでおり、語彙的には印欧語族との共通性も持つため、阿亜語族と印欧語族の両者の特徴を併せ持つ興味深い複合言語として確立されている。こうして、マルタ語は少数言語ながら、「印欧‐阿亜語環」を象徴する言語という地位にあると言える。
 「印欧‐阿亜語環」という超域的な言語群を想定することは、今日の世界秩序において、宗教政治的にしばしば激しく衝突する欧米と中東の対立関係を言語学的な観点から止揚することに寄与するかもしれない。

2018年12月30日 (日)

言語発展論(連載第19回)

第3部 新・世界言語地図

二 世界祖語の絶滅

 「語環」による言語分類に入る前に、現存する世界の民族言語(絶滅言語を含む)に共通する祖語―世界祖語―は再構できるかという問題にも一言しておきたい。もしそれが可能なら、新たな世界語の創案にも大きく寄与するだろうからである。
 この問題に関しては、20世紀初頭、イタリア人言語学者アルフレード・トロンベッティが10万年乃至20万年前に使用されていた人類祖語の可能性を正式に提唱して以来、言語学界の傍流においてではあるが、研究が続けられてきた。
 近年では、アメリカの言語学者メリット・ルーレンらが、コイサン諸語やオーストラリア先住民諸語など、現存民族言語の中でも特に古い発祥を持つと考えられる諸言語の音韻や語形の比較対照により、数十個の世界語源を抽出したとするが、言語学界主流ではヘテロドクシカルな超仮説として扱われているようである。
 人類のアフリカ発祥・出アフリカ仮説に立つならば、アフリカで最初に言語を獲得した現生人類の集団内で共有された原始言語Xは、出アフリカ集団によってアフリカの外へ持ち出されたことは間違いなかろうが、その後、人類の世界的拡散・定住の過程で原始言語Xは忘却され、相互に疎通できないほど多岐にわたる民族言語に分岐していったのだろう。
 現在では原始言語Xが絶滅して超歴史的な年月を経過しており、古い発祥を持つといってもせいぜい数千年程度と考えられる諸言語の音韻や語形の比較だけからXを再構することは至難となっているものと思われる。仮に再構できても、部分的にとどまり、そこから直接に体系的な文明言語に再編することは不可能だろう。
 かくして、現状は世界祖語再発見への期待を封じつつ、「語環」による現存民族言語の再分類に取り組むべき時であろう。ただし、包摂概念である「語環」概念によって、現存言語間の内的な関連性がより解明される可能性はあるかもしれない。

2018年12月26日 (水)

言語発展論(連載第18回)

第3部 新・世界言語地図

一 言語分類の刷新

 言語の発展という問題をめぐって、第1部では「通則的概観」と題し、自然言語の発生から計画言語の創案に至る人類言語一般の発展過程を概観した。次いで第2部では「英語発展史」と題し、現時点において事実上の世界語(世界公用語)の地位にある英語の発展過程を概観した。
 これらに続く第3部では、「新・世界言語地図」と題して、現存する世界の自然言語(民族言語)を新たな視点から分類し直し、その内的な関連性を検証していく。この作業を通じて、現存民族言語の新たな言語地図を作成し、最終的な目標である真に中立的な世界語の創案につなげる契機を発見してみたい。
 その際の大きな視点として、「語環」(inter-linguistic area)という概念を用いる。「語環」とは、伝統的な言語学では「言語連合」(linguistic area)と呼ばれてきた包括的な類縁言語群の概念をさらに進化させた包摂的概念である。
 両概念の違いは微妙であるが、「言語連合」が共通祖語の言語遺伝的な同定を条件とする「語族」よりも広く、共通の文法的・音韻的特徴を指標として言語のまとまりを観念しようとするあまり、その設定が曖昧で、安定しない嫌いがある。 
 そこで、「語環」の設定に際しては、文法的・音韻的特徴に加えて、各言語使用民族の遺伝人類学的系譜関係から、地理学的・地政学的な事情に至るまで、種々の要素が総合的に比較考慮される。その結果、従来は「語族」と認識されてきたが「語環」として把握したほうがよいケースも生じるだろう。
 このような包摂的言語群としての「語環」の内部には複数の語族が編入されるが、どの「語環」にも属しない独立した語族も存在するほか、どの「語環」や「語族」にも属しない完全な独立語とみなされるもの―すでに絶滅した近縁言語や類言語が存在した可能性はあるが―も存在する。

2014年12月10日 (水)

言語発展論(連載第17回)

第2部 英語発展史

八 「計画英語」の可能性

 前回まで、北ヨーロッパのマイナーなゲルマン系部族語にすぎなかった英語が、事実上の世界語として地球全域に広がるまでの発展過程を大づかみで見てきた。しかし、本連載本来の目的は計画言語の可能性を探ることにあった。
 現在、紛れもなく英語が事実上の世界語として世界制覇している言語現実を直視するなら、新たな計画言語の創案に取り組むよりも、英語そのものをより普遍性の高い世界語に創り直すこと―言わば計画英語―のほうが現実的ではないかとの発想もあり得るところである。そこで、最後にこの問題を検討して締めくくりとしたい。
 実は、そのような計画英語に近い先行的な試みは、すでに存在する。第1部でも紹介したベーシック・イングリッシュがそれである。ただ、この試みは使用単語の数を制限することで、英語を簡明なものにするという言語簡略化の構想であるので、厳密な意味では計画英語ではない。
 このような言語簡略化に対しては、真の英語を使いこなす層と簡略英語しか使えない層とに言語階層化が生じるということが懸念されているが、そうした問題は、例えば簡略英語を国連公用語に指定するといった国際言語政策によって克服できる。
 より本質的な問題は、単語を量的に制限すると、かえって言語運用が困難になることである。逆説的であるが、特定の単語の使用を制限して他の単語の組み合わせによる言い換えを要求されるほうがよほど言語的習熟を要することなのである。
 そこで、計画英語といった場合、単語数の制限ではなく、むしろ現代英語の最大の難点である綴りと発音の不一致の是正をまず考えることである。
 例えば、「知る」を意味する初歩的単語knowにしても頭文字は発音されない黙字であるが、こうした黙字を排除して、nowと綴る。ところが、これだと「今」を意味する副詞のnow[nάʊ]と重なってしまう。これはowという同じスペルを二種類に発音するという混乱から来るものであるので、副詞のnowを発音記号に近いスペルnawに代えることも一考に値する。もっとも、awはawfulのように「オー」と発音されるので、このような長母音は発音記号にならってo:fulと綴るなどの新たな工夫も必要であろう。
 こうした綴りと発音の合一化にとどまらず、文法的にも不規則変化動詞を廃して、例えばknowの過去形はknewではなく、原則どおりknowed(頭の黙字を廃するなら、nowed)とするというように規則変化で統一する簡略化を進めることで、規則性に富んだ計画英語を創案し直せる可能性は開かれる。
 もしこのような計画英語プロジェクトが成功すれば、征服言語としての現代英語から計画言語としての未来英語への変革という英語発展史を画する新たな段階を迎えることになるだろう。

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