〆概説:公用エスペラント語

2014年8月 6日 (水)

概説:公用エスペラント語(目次)

本連載は終了致しました。下記目次(リンク)より全記事をご覧いただけます。

総説 ページ1

一 文字体系 ページ2

二 発音法則 ページ3

三 基本品詞  

Ⅰ 名詞 ページ4
Ⅱ 冠詞
Ⅲ 人称代名詞 ページ5
Ⅳ 動詞 ページ6
Ⅴ 形容詞・副詞 ページ7
Ⅵ 前置詞/相関詞 ページ8

四 接辞 ページ9

五 種々の構文 

Ⅰ 語順 ページ10
Ⅱ 疑問文
Ⅲ 名詞文 ページ11
Ⅳ 話法 ページ12
Ⅴ 関係構文 ページ13
Ⅵ 分詞の用法 ページ14
Ⅶ 命令法と仮定法 ページ15

六 総括
 ―公用エスペラント語の特徴 ページ16

七 付録
 
―正統/公用エスペラント語の対照例 ページ17

概説:公用エスペラント語(連載最終回)

七 付録―正統/公用エスペラント語の対照例

 最後に、正統エスペラント語と公用エスペラント語の相違点を生きた文章を題材に浮き彫りにしてみたい。題材に使用するのは、エスペラント語創案者ザメンホフ自身がエスペラント語の固有性について述べた文章である。
 ユダヤ系であったザメンホフ自身は一族の民族的な出自に関わるヘブライ語を含む多数の言語に通じていたが、生まれは当時帝政ロシアに属したポーランドであり、ロシア語を母語とし、ポーランド語を第二言語とするというように、スラブ語使用者であったため、彼が創案した国際語エスペラント語もスラブ的であり、スラブ語圏の学習者に有利にできており、世界語としての中立性を欠くのではないかとの疑念を抱かれていた。そうした疑念への反駁が、この題材文の趣旨である。
 以下、抜粋した段落ごとに正統エスペラント語と公用エスペラント語を対照して記述してみる。

[正統]

...Estas vero, ke slavoj ofte posedas en Esperanto pli bonan stilon, ol germanoj au romanoj; sed tio chi venas ne de tio, ke la stilo en Esperanto estas slava, sed nur de tio, ke la slavaj lingvoj havas vortordon pli simplan kaj sekve ankau pli proksiman al la vortordon en Esperanto. La vera stilo Esperanta estas nek slava, nek germana, nek romana, ghi estas―au almenau devas esti―nur stilo simpla kaj logika.

[公用]

...estas bero, ke sraboj ohte posedas en esperanto pri bona stiron, or germanoj au romanoj; sed tio chi benas ne de tio, ke stiro en esperanto estas sraba, sed nur de tio, ke sraba ringboj habas bortordon pri simpra kaj sekbe ankau pri proksima ar bortordon en esperanto. bera stiro esperanta estas nek sraba, nek germana, nek romana, jhi estas ―au armenau debas esti―nur stiro simpra kaj rogika.

*****

[正統]

La stilo Esperanta ne imitis blinde la stilojn de aliaj lingvoj, sed havas sian karakteron tute specialan kaj memstaran, kiu ellaborighis en la dauro de longa praktika uzado de la lingvo kaj pensado en tiu chi lingvo antau ol la lingvo estis publikigita. Se iu slavo ne havas ankorau sufiche da spero en la lingvo kaj volos traduki en Esperanton lauvorte el sia nacia lingvo, lia stilo estos tiel same malbona kaj sensenca, kiel la Esperanta stilo de nesperta romano au germano.

[公用]

stiro esperanta ne imitas brinde stirojn de aria ringboj, sed habas sian tute speciara kaj memstara karakteron <erraborijhas en dauro de ronga praktika uzado de tiu chi ringbo kaj pensado en jhi antau or jhi estas pubrikigita>. se iu srabo ne habas ankorau suhiche da spero en tiu chi ringbo kaj boras traduki en esperanto rauborte er sia nacia ringbo, jhia stiro estas tier same marbona kaj sensenca, kier esperanta stiro de nesperta romano au germano.

参考までに、以下日本語訳を付す。

・・・スラブ語使用者がしばしばゲルマン語使用者やロマンス語使用者よりよいエスペラント語の文体を持っているというのは、真実である。しかし、このことはエスペラント語の文体がスラブ的だということに由来するのではなく、ただスラブ語がより簡素で、従ってまたエスペラント語とも近い語順を持っているということだけに由来するのである。真のエスペラント語文体はスラブ語的でもなく、ゲルマン語的でもなく、ロマンス語的でもなく、それは―少なくともそうあるべきである―、ひとえに簡素かつ論理的な文体なのである。

*****

エスペラント語の文体は、諸外国語の文体をやみくもに模倣したものではなく、この言語の長年の実用の継続とそれが発表される以前からのこの言語による思考とを通じて洗練された、それ自身の全く特殊かつ独自の特質を持っているのである。もしもあるスラブ語使用者がこの言語による十分な経験をまだ持っておらず、自身の民族語から逐語的にエスペラント語に訳そうとするなら、その文体は未経験なロマンス語使用者かゲルマン語使用者のエスペラント語文体と同様に出来が悪く、無意味なものとなるであろう。

2014年7月29日 (火)

概説:公用エスペラント語(連載第16回)

六 総括―公用エスペラント語の特徴

 前章まで、私的な提案にかかる公用エスペラント語の特徴を概観してきた。そこでは、簡略化ということを徹底して追求した。正統エスペラント自体、自然言語に比べ、相当に簡略化されているものの、全体としては屈折語としての性格を残しており、部分的には屈折語の中で最も簡略化が進んでいる英語以上の文法的複雑さを示すこともある。
 そうした正統エスペラント語の特性を踏まえつつ、文字・発音・文法の諸面にわたり簡略化をより徹底し、限りなく孤立語に近づけようと試みたのが公用エスペラント語である。その主要な特徴点を改めてかいつまむと、次のようである。

ⅰ文字数の少なさ

19文字(大小文字併せても38文字)に制限される。しかも、文頭や固有名詞の語頭も小文字で表記するため、大文字はほとんど使用されない。

ⅱ発音のしやすさ

特に子音の中で、不明瞭になりやすいlはrに置き換えられる。また発音しにくいfやvもそれぞれhやbに置き換えられる。

ⅲ語順に決まりがない

文成分の配列は自由で、ニュアンスの差異も認められないため、各自の母語の語順に従ってよい。

ⅳ動詞は活用変化しない

動詞は不定詞と統一活用形の区別があるのみで、人称や時制等による変化を一切しない。

 こうした正統エスペラント語からの変異に対しては、正統的なエスペランティストからの批判は避けられない。この批判は簡略化いかんにかかわりなく、変更不能と定められたエスペラント16箇条からの逸脱を許さない厳格な正統主義からのものであるから、それ以上論争の余地がない。

 こうしたエスペラント語内部からの批判とは別に、外部的な批判として、言語の簡略化自体に対する言語政策的な批判があり得る。この点で注目すべきは、英国の作家ジョージ・オーウェルが提起した問題である。
 オーウェルは有名な代表作『1984年』の中で、全体主義国家が創案した「ニュースピーク」なる新言語を戯画的に描いている。ニュースピークとは物語の舞台となった架空の全体主義国家オセアニアが創案し、国民に強制する共通語で、英語を基本にしながら品詞による変化形すら廃止し、規則性を高度化した簡略英語である。
 この新言語は体制が容認しない思考法を不可能にし、国民の思考の範囲を制限するために考案された言語とされ、自由な思考を抑圧する検閲のような外部的な思想統制ではなく、そもそも自由に思考できないようにする内発的な思想統制の道具である。
 ここには「言語の簡略化は思考の範囲を狭める」というオーウェルの信念が込められている。たしかに既存の自然言語を簡略化し、語彙や表現方法を制約することは、言論統制を超えた言語統制に等しく、それが権力的に強制されるならば、思想統制の道具となり得るだろう。
 しかし、エスペラント語のような計画言語は初めから簡略化を目指して構築された人工的言語体系であって、しかもそれは各自が母語とする自然言語との共存を前提としているのであるから、これが思想統制の道具となる可能性はないと言ってよい。

 おそらく言語の簡略化に対する最も根強いアンチテーゼは、言語学者や作家の内に流れる「複雑な言語ほど高等である」という信念(偏見)であろう。しかし実のところ、自然言語も時代が下るにつれ、それ自体の中で簡略化が進んでいることは、今日事実上世界語の位置にある英語の発展史を見れば明白である。
 言語の簡略化は、ある言語を使用する地域の範囲が拡大し、リンガ・フランカとして共通語化するにつれて発生する言語現象であり、それは言語を誰でも使いやすくするための言語汎用化の現象でもある。
 それによって文学的な修辞性が損なわれるということはあり得るが、計画言語は母語を全く異にする人間同士のコムニカード(コミュニケーション)を円滑にすることを目的としているから、修辞性よりも実用性が優先されるのである。

 以上、ここで提案した公用エスペラント語はあくまで個人的な試案にとどまるものであるから、正統エスペラント語をそのまま世界公用語として採用するという選択があっても構わないし、一から全く新しい計画言語を創り出すという意欲的な試みがあってもよい。重要なことは、人類の言語的な障壁をなくすことで世界平和が実現されることであって、計画言語はそのための手段にすぎないのである。

2014年7月25日 (金)

概説:公用エスペラント語(連載第15回)

五 種々の構文

Ⅶ 命令法と仮定法

 基本品詞の項で述べたとおり、公用エスペラント語の動詞は活用変化しないため、正統エスペラント語に見られる命令形(-u)や仮定形(-us)の変化もない。

命令法は、主語を省いた動詞文に感嘆符!を付すか、丁寧に命令するときは、文頭にbonbore(どうか)を置く。

 例えば、ne diras !(話すな。) あるいはbonbore ne diras ! (話さないでください。)となる。

仮定法は、条件節を接続詞se(もし)で導き、動詞は主節・条件節とも活用変化しない。

 そうなると、例えば、se mi estas bi, mi ne diras.という文は、「もし、私があなただったら、話さないだろう/話さなかっただろう」のいずれなのか、文面だけでは区別がつかない。こうした場合、特に「話さなかっただろう」という過去の非現実仮定を表現したいときは、tiam(その時)といった時間相を示す副詞を添えることで実質的に表現できる。

 最後に、命令法と仮定法が組み合わさった応用文を一つ。se bi boras mardikijhi, ne manjhas inter manjhoj !(もし痩せたければ、間食するな。)

2014年7月22日 (火)

概説:公用エスペラント語(連載第14回)

五 種々の構文

Ⅵ 分詞の用法

 エスペラント語の分詞には、能動分詞と受動分詞があるが、それぞれの主な用法は能動分詞による分詞構文、受動分詞による受動態構文である。三で見たように、エスペラント語の分詞には継続、完了、未然の時制変化がある。
 ここまでは正統エスペラント語と共通であるが、公用エスペラント語との相違点は次のようである。

分詞構文では、主節動詞は時制変化しない。

 例えば―

enirinte en mia domon, mi haras.(自宅に入ってしまって、私は転んだ。)
enirante en mia domon, mi haras.(自宅に入りながら、私は転んだ。)
enironte en mia domon, mi haras.(自宅に入ろうとして、私は転んだ。)

 いずれの例文でも、主節動詞haras(転ぶ)は統一活用形のままである。この場合は、能動分詞の語尾(上例の-eは副詞語尾)で文全体の時制が表される。

受動態では、コピュラ動詞は時制変化しない。

 例えば―

chiero estas kobrita de nuboj.(空は雲に覆われてしまっている。) 
chiero estas kobrata de nuboj.(空は雲に覆われつつある。) 
chiero estas kobrota de nuboj.(空は雲に覆われようとしている。)

 いずれの例文でも、コピュラ動詞estasは統一活用形のままである。この場合も、受動分詞の語尾(上例で-aは形容詞語尾)で文全体の時制が表される。

2014年7月14日 (月)

概説:公用エスペラント語(連載第13回)

五 種々の構文

Ⅴ 関係構文

公用エスペラント語に関係詞は存在しない。関係句は関係記号〈〉で囲う。

 本規則は、正統エスペラント語との大きな相違点となる。正統エスペラント語の場合、英語と同様に疑問詞を転用した関係詞が存在し、しかも関係詞は先行詞の数・格(目的格)に連動して語尾変化するという英語よりも複雑な規則がある。
 例えば「私は昨日買った花々を今日恋人に贈った。」という正統エスペラント語の例文では、次のように関係詞kiuも複数形(-j)かつ目的格(-n)に変化する。

Hodiau mi donis al mia amato floroj, kiujn mi achetis hierau. 

 しかし、公用エスペラント語では関係詞は存在しないので、文意の混乱を避けるため、補助記号を用いる必要がある。上記例文を公用エスペラント語で書き換えると―

hodiau mi donas ar mia amato hroroj <mi achetas hierau>.

 関係記号〈〉でくくった箇所が「彼が昨日買った」という関係句を表す。構文的には、やはり関係詞を持たない中国語や日本語に近づくが、関係句を後置する点では相違があることに注意したい(つまり、<mi achetas hierau>hrorojとはならない)。
 ちなみに、音声に頼る話し言葉の場合は、こうした関係記号による表現ができないため、先行詞と関係句の直前(上例ではhrorojとmiの間)で一拍置く音声ルールを適用する。

先行詞に前置詞が伴う場合、前置詞は関係句の後に移動する。

 例えば、上例を変更して「昨日あなたが花々を贈った女性はどなたですか。」という文では、本来の語順ならdonas ar tiu hemo(あの女性に贈る(贈った))となる前置詞arが、次のように後置詞化される。

kiu estas tiu hemo <bi hierau donas hroroj> ar ?

2014年7月 7日 (月)

概説:公用エスペラント語(連載第12回)

五 種々の構文

Ⅳ 話法

エスペラント語の間接話法は、時制の一致を必要としない。

 英語やフランス語の間接話法に現れる時制の一致法則が存在しないことは、エスペラント語の簡便さの代表的な特徴である。ただし、この法則の意味するところは、正統エスペラント語と公用エスペラント語では異なっている。
 正統エスペラント語では、動詞の時制変化を前提に、間接話法文の主節の動詞と従属節の動詞の時制が食い違っていてもよいことを示す。例えば「私は昨日、太郎に明日来ると言った。」という例文では、次のように主節の動詞は過去形、従属節の動詞は未来形と一致しない。

Mi diris al Taro hierau, ke mi venos morgau.

 これに対して、公用エスペラント語にあっては、動詞は時制変化しないのであったから、時制の一致ということがそもそも問題とならず、動詞はすべて統一活用形-asで一貫する。上例を綴りを含めて公用エスペラント語で言い換えると、次のようになる。

mi diras ar taro hierau, ke mi benas morgau.

 ちなみに、上例を変更して、「太郎は昨日、明日私が来るのかと尋ねた。」という疑問文を導く間接話法では、疑問を表す従属節を接続詞chuで導く。時制の一致がないことは同様である。すなわち― 

taro demandas min hierau, chu mi benas morgau.

 なお、直接話法は従属節を引用符で囲んだ会話文で示す。上記二例文を参考までに直接話法で書き換えてみる。

mi diras ar taro hierau,“mi benas morgau.”

taro demandas min hierau,“bi benas morgau ?”

2014年7月 1日 (火)

概説:公用エスペラント語(連載第11回)

五 種々の構文

Ⅲ 名詞文

「AはBである。」を表す名詞文では、連辞としてestiを用いることを原則とするが、口語体では連辞は省略することができる。

 「・・・である」を表すエスペラント語のコピュラは英語のbe動詞に相当するesti(統一活用形estas)であるが、公用エスペラント語ではこれを省略することができる。例えば「私の名前は、太郎です。」は文語体ではmia nomo estas taro.となるが、口語体ではmia nomo taro.でよい。
 なお、「私の」という人称代名詞の所有格は、口語体では人称代名詞の後置用法で置き換え可能であったから、nomo mi taro.という言い方もできる。

不定詞を用いた名詞文で連辞を省略する場合に、述部の補語が形容詞であるときは、副詞語尾-eに変形する。

 例えば「エスペラント語を学ぶことは、有意義である。」という文は、文語体ではrerni esperanton estas signihopiena.となる。主部のrerni esperantonは不定詞の名詞的用法(英語のto+不定詞に相当)であるが、この場合に連辞estasを省略するときは、「有意義な」を意味する形容詞signihopienaを副詞形signihopieneに変形する。すなわち、rerni esperanton signihopiene.となる。
 副詞形に変形されても、品詞としては形容詞のままである。このような特例的な用法がなされるのは、エスペラント語ではesperanton signihopiena(有意義なエスペラント語(を))のように、形容詞を修飾される名詞に後置する用法も許されることから、この場合との混同を避ける必要があるためである。

2014年6月26日 (木)

概説:公用エスペラント語(連載第10回)

五 種々の構文

Ⅰ 語順

公用エスペラント語には、語順(文成分の配列)の決まりはなく、SVO、SOV、VSO、VОS、OVS、OSVのいずれも文法的に成り立つ。

 この語順自由の原則は、正統エスペラント語と同様であるが、正統エスペラント語では標準文型はSVOであり、その余は文頭に来る単語を強調する修辞的な表現とされる。
 しかし、世界公用語としての普及を予定する公用エスペラント語では、上記諸文型に意味・ニュアンスの相違はなく、各自が母語とする民族語の基本語順に従って語順を選択してよい。従って、下記の各文はすべて等価的に「花子は茶が好きだ。」を意味する。

hanako amas teon.:SVO

hanako teon amas.:SOV

amas hanako teon.:VSO

amas teon hanako.:VOS

teon amas hanako.:OVS

teon hanako amas.:OSV

Ⅱ 疑問文

公用エスペラント語では疑問文の語順も、平叙文と変わらない。ただし、疑問詞疑問文では疑問詞は必ず語頭に置く。

 これも基本的に正統エスペラント語と同様である。ただし、正統エスペラント語では、肯否を尋ねる諾否疑問文の場合、文頭に疑問助詞Chuを置くことになっているが、公用エスペラント語では必要なく、平叙文の文末に疑問符?を置くだけでよい。例えば、次のようである(SVO型を選択)。

hanako amas teon ?(花子は茶が好きか。)

 ちなみに、これを理由を尋ねる疑問詞疑問文に変更すると、次のようである。

kial hanako amas teon ?(花子はなぜ茶が好きなのか。)

2014年6月20日 (金)

概説:公用エスペラント語(連載第9回)

四 接辞

 エスペラント語では、接辞体系が極めて発達していることが特徴である。そのため、基礎的な語基に接辞を付加して様々な品詞を派生させることができ、実質的な単語の数を制限して学習を容易にする効果がある。
 中でも、女性形の接尾辞-inoと反意の接頭辞mal-(l音のない公用エスペラント語ではmar-と表記)は正統エスペラント語の特徴を示す代表的な接辞である。
 しかし、全世界の公用語としての意義を持つ公用エスペラント語は、反差別の価値観を強く内蔵させたものでなくてはならず、そうした観点から、上記接辞の運用に関して制限がかかる。

男性形から女性形を派生させる接尾辞-inoは、公用エスペラント語では廃止し、女性形に固有の単語を充てる。

 例えば、biro(男性)に対しbirino(女性)ではなく、女性には固有の単語hemoを充てる。またpatro(父)に対しpatrino(母)ではなく、母には固有の単語matroを充てる。

否定の接頭辞mar-は差別的ニュアンスを帯びる場合には廃止し、固有の単語を充てる

 例えば、sano(健康)に対しmarsano(病気)とするのは、健康を基準として病気=不健康という差別的ニュアンスを帯びるので、病気には固有の単語iroを充てる。ただし、病気とは別に「不健康」という否定的なニュアンスを示す語として、marsanoを用いることは許される。
 またjunuro(若者)に対しmarjunuro(老人)とするのは、若者を基準として老人=非若者という差別的ニュアンスを帯びるので、老人には固有の単語erduroを充てる。

 一方、barmo(熱)に対しmarbarmo(冷)、hermi(閉じる)に対しmarhermi(開く)などは特段差別的ニュアンスを帯びないので、そのままでよい。
 やや微妙なのは、ronga(長い)に対しmarronga(短い)のような例である。これも長いことを基準にして短いことを「長くない」と表現する点に差別的ニュアンスを嗅ぎ取ることはできるが、見方によっては端的に「短い」と表現するより婉曲的とも言えるので、これは維持されてよい。

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31