徒然音楽論

2014年9月17日 (水)

西洋音楽の演劇性

 西洋音楽の特徴をひとことで言えば、演劇的なダイナミズムということに尽きる。これはクラシックかポピュラーかを問わない(というより、西洋ではポピュラーもクラシックの遠縁である)。そのせいで、西洋の西洋音楽家たち(指揮者を含む)は時に過剰と思えるくらいにオーバーアクションのパフォーマンスを見せる。
  ところが、これがひとたび日本に上陸すると、とたんにおとなしいものになってしまう。最近の日本人西洋音楽家の技術的な向上は著しいと思うが、今一つ何かが足りないと思うのは―おそらく日本人の演奏に接する西洋人の感想もそうだろう―、演劇性である。
 おそらく、日本の雅楽の伝統がどこかで影響しているのかもしれない。雅楽はその名のとおり、みやびやかで、動的な演劇性には乏しいが、はにかむように控えめな静寂の中で優美に響かせる音楽である。日本人の音楽パフォーマンスはどうしても雅楽的になりやすい。これは、音楽というものが文化的土壌に制約されることからして、避けられないことなのだろう。
 ただ、日本人西洋音楽家が国内市場にどとまるのでなく、西洋市場でも高い評価を得たいという野心を持つなら、雅楽的伝統からは離れ、もっと踊るような、あるいは科白をしゃべるようなダイナミックな演奏が必要ではあるだろう。その点では、ポピュラー系のほうに分があるかもしれない。

2014年5月 2日 (金)

消えた巨匠たち

 音楽界から、巨匠が消えた。クラシックならマエストロ、ポピュラーならスーパースターと呼ばれるようなアーティストだ。特にクラシックでは指揮者という総監督的な巨匠がいるものだが、近頃は指揮者も営業マン風だ。なぜだろうか。いろいろ考えると、やはり市場経済に行き当たる。
 音楽がクラシックも含め市場経済に組み込まれて久しいが、近年市場規模の拡大に伴い、大衆の趣向の多様化に直面する文化資本にとっては、「多品種変量生産」が無難な戦略となる。一人の巨匠に頼るより、多数のアーティストを売り出してトータルに稼ぐほうが効率的だ。実際、単独性の強いアイドル歌手までも今やソロではなく、グループが普通になっている。
 悪く言えば小者揃いという現状は果たしてどうなのか。一握りの巨匠が音楽シーンを独占していないという点ではある種“民主的”とも言えるが、強烈にずば抜けたパフォーマンスが見られず、どれもこれもどんぐりの背比べというのは、鑑賞者からすれば、寂しい気もするのだが。
 結局のところ、巨匠とは市場経済に半ば組み込まれていても、実際上は市場原理を超越した普遍性を持つアーティストたちであった。だから、音楽の市場化が途上だった頃にはまだ存在し得たのであるが、音楽市場経済が完成に至った今日、巨匠の居場所はなくなったのだ。

2014年2月13日 (木)

作曲における「共作」

 衝撃の余波がまだまだ続きそうなゴーストコンポーザー事件であるが、今回の事件をめぐっては、作曲において「共作」ということがあり得るかという日頃意識されない論点も派生的に浮上してきた点では、決して無駄にはならない。
 学術の世界では「共著」「共同論文」という形の「共作」は普通に行われているが、音楽を含めた芸術界で「共作」はまれである。芸術はそれだけ作者個人の着想にかかる個人的営為と考えられているからである。中でも、音楽は個人の頭の中に浮かんだ音をそのまま表現する点で個人性が強い。
 とはいえ、音楽においても「共作」が全く成り立たないわけではない。例えば、Aが主旋律となるメロディーを作り、Bがそれをもとに完全な楽曲に仕上げたような場合は、AとBの共作と言えるだろう。この場合、A自身は楽譜が読めず・書けずであっても、歌うことで旋律を具体的に示したならば、その限りでAも作曲者の一人に名を連ねる権利を持つ。音符とは、文学で言えば文字に相当する記号にすぎないからである。
 ただ、今回の事件では代作させていた人物は曲調などを言葉で指示した音楽化されていないメモを実作者に渡しただけとされているので、これでは「共作」とは言えず、通常よりも詳細な作曲の委嘱にすぎないだろう。よく言っても、作曲のプロデュースにすぎない。
 彼が初めからプロデューサーとして自己を明示していれば、今回のような騒ぎにならなかったはずだが、それでは“現代のベートーベン”神話に比べメディア向けインパクトには明らかに欠けていることが、欺瞞の道に進ませたのだろうか。

[追記]
事件発覚から一年を経て、楽曲の実作者だった作曲家は、今やメディアで引っ張りだこのタレントである。欺瞞行為を自ら暴露した“功績”はあるが、それによって自身も長期間欺瞞に加担していた事実を相殺することはできない。“永久追放”に値するほどの「重罪」とは思わないが、相当期間の「謹慎」は必要ではないか。作曲家をタレントに仕立てて引っ張り出すメディアの意識の低さにも呆れるが、誘いに乗ってタレント活動をする本人の倫理感覚にも幻滅である。

2014年2月 6日 (木)

ゴーストコンポーザー事件

 全聾とされる聴覚障碍を持つ独学の天才日本人作曲家と賞賛されていた人物が、20年近くにわたり他人に代行作曲させていたことが発覚したゴーストライターならぬゴーストコンポーザー事件は、クラシックジャンルでは世界史上も例を見ないスキャンダルかもしれない。
 なぜ、それほどに長い間事が発覚しなかったのか。作曲は楽器演奏と異なり、聴衆の面前という公開の場で技能が証明されることがない。
 しかしそればかりでなく、周囲の音楽関係者が本人とのやり取りの中で発表作品に見合う作曲技能が欠如していることを見抜けなかったこともあろう。それだけ偽装が巧みであったのだろうが、規範的なコード芸術であるクラシック音楽では通常、独学での本格的な作曲活動は至難であることからも、疑念は向けられるべきであったろう。
 より根本的には、クラシックを含めた音楽の商品化がある。今回のケースでも、楽曲の音楽性の評価の前に作曲者とされた人物の聴覚障碍という属性が先行し、“現代のベートーベン”云々の俗受けする美談がメディア主導で流布され、日頃クラシックを聴かない層にまで浸透して、商品としてのCDが高い売り上げを記録するといった「ブーム」が作り出されている。もし作品が健常の作曲家のものとして発表されていたら、果たしてそこまでヒットしていたかどうか大いに疑問である。
 そういう意味で、今回の事件は音楽の市場化がもたらした悲喜劇であると言えるだろう。代作の経緯等詳細に関する真相解明はこれからであるが、本件を著作権や詐欺等の法律問題として矮小化せず、日本音楽界は歴史的痛恨事として検証する必要がある。

2013年10月16日 (水)

音と音楽のあいだ

 老子は音楽―広くは芸術全般―に否定的であった。老子にとっては人工的に作出される音声一般が文明という名の劣化なのであり、音なき声こそ、老子にとって理想の音であった。
 音なき声は決して無音ではない。老子にゼロの観念はない。だからジョン・ケージの『4分33秒』のように、無音の休止だけで成り立つ「音楽」は老子的な音なき声ではない。
 では、音なき声とは何か。老子は明言しないが、おそらく自然音のようなものだろう。例えば、川のせせらぎや風に揺れる木の葉の音、鳥や虫の鳴き声などである。それらを『田園』などと題し音楽としてシュミラークルしてしまえば、それはもはや音なき声ではない。
 近年は実際、自然音を採取して「擬似音楽」に組み立てる試みもあるが、これも「音楽」一歩手前まで行っている点で、老子からすれば満足いくものではないだろう。
 そういう意味で、老子的音なき声とは、単なる音と音楽の間にあるものであろう。自然音とはそういうものである。
 とはいえ、人類は音楽とは切っても切れない関係にあって、音楽を排除した生活はおそらく成り立たないだろう。だが、音楽の麻薬的効果にはまらないためには、いっとき音楽を離れ、森の中で耳を澄ましてみるのもいいかもしれない。

2013年7月31日 (水)

音楽と土壌

 西洋音楽で挫折した者がこんなことを言えば、言い訳に聞こえるかもしれないが、果たして日本人を含む東洋人が西洋音楽を真に理解し演奏することができるのかという疑問が拭えない(反対に、西洋人が東洋音楽を真に理解し演奏することができるのかという疑問も成り立つ)。
 音楽という芸術は、美術など他の芸術以上に文化的土壌との関わりが密接である。音楽はそれを生み出す作曲者個人のアイデアのみならず、その基底に民族的なエートスが埋め込められているからである。その意味で、音楽はおそらく言語と並んで、あるいはそれ以上に各民族の象徴なのだ。
 言ってみれば、音楽とはしっかりと大地に根を張った大木みたいなもので、他の土壌に安易に移植すれば立ち枯れてしまう。西洋音楽は西洋の文化的土壌を土台とする大木であるし、邦楽は日本の文化的土壌を土台とする古木である。
 従って、演奏者もまたそうした音楽の土壌にどっぷりと浸らなくては真に理解し演奏することはできず、たとえ東洋人がどれほど巧みに西洋音楽を演奏しようと―その逆についても―それは精巧な物真似にすぎない。
 ただ、幼少時に海外の他民族社会で育ち、その文化的土壌に浸かることで、この問題はクリアできる可能性がある。実際、近年海外育ちの日本人西洋音楽家の活躍なども見られる。それはそれとして、ポジティブに受け止めるべきことではあろう。

2013年5月26日 (日)

ワーグナーと政治

 今年はワーグナー生誕200年である。ワーグナーと言えば、ナチスによる政治利用の歴史から、「音楽と政治」という論点における定番メニューであるが、そろそろこの問題は“卒業”してもよい頃である。
 ワーグナーはたしかにその反ユダヤ主義傾向とゲルマン神話への傾倒から、ナチスに利用されてもやむを得ない性格はあったが、およそ創作家はその作品を死後に自らの意図を離れて政治利用されても、そのことに責任を負い得ない。ワーグナーもナチの犯罪に対する加担責任は負わないし、仮に彼がナチス時代まで生き永らえたとしても、ナチの積極的な支持者となったとは思えない(R・シュトラウスのように協力者となった可能性はあるが)。
 それはそれとしても、陶酔的なロマン派音楽の塊のようなワーグナーは好みでない。むしろ同時代の反ワーグナー派であったブラームスの側に立つ。オペラなら奇しくも同年生まれで、今年同じく生誕200年のヴェルディを推す。
 ロマン派音楽はナショナリズムと切っても切れないから、毒抜きが必要である。愛国者ブラームスは古典に立ち戻ることで、ヴェルディは愛国的な作風から多国籍で世俗的な作風に転回することによって、上手く自分自身の毒抜きをしている。
 ワーグナーはそうした毒抜きをしなかった。そのことが最悪の政治利用を許したのである。せめて演奏・演出家が解釈上毒抜きすれば、ユダヤ人国家イスラエルでの事実上の演奏禁止も解けるかもしれない。

2013年5月 5日 (日)

即興演奏について

 即興演奏は音楽の自由の最大限を表現する。作曲と演奏が不可分に融合している即興演奏は音楽家の楽才が最も発揮される領野だ。楽譜が絶対視されがちなクラシックの分野でも、バッハ、モーツァルト、ベートーベンなどかつての―特に古典派以前―大作曲家はみな即興演奏の名手でもあった。 
 しかし、次第に記譜法が高度に確立されていくにつれて楽譜による拘束が強くなり、今日では即興演奏はほぼ廃れている。協奏曲のカデンツァのような部分的な即興演奏は残されているが、それすら実際には楽譜が用意されている「名ばかり即興」がほとんどである。皮肉にも、「即興曲」というタイトルの立派な楽譜付き楽曲もある。 
 クラシックより自由度が高く、自作自演も珍しくないポピュラー音楽の世界でも即興演奏はまれで、かつて完全即興が隆盛したジャズの世界で細々と残されている程度である。
 ジャンルを問わず、音楽の歴史とは、自ら表現の自由を制約し、規則に縛られたコード芸術に変質していった歴史であるとも言える。なぜそうなったのか。おそらく即興演奏は商品化が難しいからであろう。
 即興では楽譜という形での知的財産化ができないことは当然として、即興演奏もレコーディングという形で複製されてしまえば、それはもはや厳密には「即興」ではなくなる、即興は一回的な生演奏でしか表現できない。
 元来は資本主義の外部にあった音楽という文化領域が商業主義=文化資本主義の中に組み込まれるようになり、音楽も資本主義的な「音楽市場」に出荷される規格的な消耗品の仲間入りを果たしたのだ。生演奏ですら予めプログラム化されたコンサートという形の無形商品となった。即興演奏の復権はポスト資本主義の未来のことだろう。

2013年3月27日 (水)

解釈と編曲のあいだ

 音楽の演奏は、通常楽譜という規準に拘束される。そのため作曲は創作芸術だが、演奏は複製芸術の一種と考えられる。
 ただ、複製は単なるコピーではない。演奏には自ずと演奏者の解釈が加わる。解釈には幅がある。楽譜の指示を守ることが基本的なルールだが、楽譜の指示を守らない演奏をする演奏家もいる。
 この点、作曲者が記譜した音符自体を変えれば解釈の限界を超え編曲ないしは変奏に当たるというのが普通の理解であるが、テンポや強弱の指示を守らないことは編曲か解釈か。
 保守的にとらえれば、これも編曲である。超保守的な見解によれば、演奏者は作曲者が楽譜に表現した内心の意図・感情まで忠実に再現しなければならないとされる。クラシック世界ではこうした見解はなお有力である。かつてクラシック・ピアニストを目指していた頃、そうした不能を強いる超保守的な教師についていたため、すっかり参ってしまった。これが挫折の大きな要因だったとさえ思う。
 現在の私見はこうである。演奏とは楽譜に接した演奏者の感性の表現行為であるから、自己の感性からする楽譜の指示への不服従は許されてよい。音符の書き換えも、楽器構成のような演奏形式を変更しない限り、編曲には当たらない。
 ただ、こうした楽譜の書き換えは言葉どおりの解釈を超えていることも否定できない。しかし編曲には当たらない。その意味で、解釈と編曲のあいだには演奏者に委ねられた自由な隙間があると考えられるのだ。 
 かなり過激な考えかもしれないが、そうでなければ演奏という行為は作曲者自身にしか許されないことになる―まして、内心の意図・感情まで再現しなければならないとすれば。
 これは、なぜ他人が作曲した曲を演奏するという行為も一個の芸術であり得るのかということに関わる根本問題である。

2013年2月23日 (土)

音楽と検閲

 芸術には制約がある。一つは内的制約である。ことに音楽では楽器の特性や演奏技術の限界に伴う制約を免れることができない。これは不可避の制約であって、音楽という芸術はこの制約内で成立する。
 もう一つは外的制約である。中でもその典型は国家による検閲である。「検閲はあるべきでない」というのが芸術の自由を奉じる自由主義的なさしあたりの模範解答ではある。
 だが、検閲との葛藤が優れた音楽を生み出すこともある。プロコフィエフという例がそれである。プロコフィエフは一度はロシア革命を忌避し、祖国を離れるが、同じ行動をとったラフマニノフとは異なり、後に社会主義ソ連へ帰国し、スターリン時代という芸術にとって最悪の時代環境で作曲活動を展開した。その結果、初期の前衛的作風がソ連の公式的な「社会主義リアリズム」路線に沿った保守的な作風に変化したとされる。
 これを体制への迎合とみなすのはたやすい。実際のところ、検閲を―スターリン時代なら生命の危険をすら―くぐり抜けるための迎合―と言って悪ければ妥協―は否めないが、見方を変えれば、プロコフィエフは検閲とのせめぎあいの中でぎりぎりの独自性を確保したとも言える。結果として、伝統と反伝統の止揚が起き、独特の作風が生み出された。
 こうした点では、プロコフィエフより一回り年少のショスタコーヴィチも似ており、近年はむしろ彼こそは検閲との葛藤から名曲を生み出した作曲家として評価が高まっているが、私見はやや異なる。むしろソ連時代を長く生きた分、ショスタコーヴィチのほうが検閲との葛藤が希薄になり、体制内化傾向は進行していたと考えられるのである(この点では旧評価に近い)。 
 ともあれ、ソ連時代は終わり、検閲も去った・・・かに見えた。だが、現代ロシアでは反政権パンクバンドが抑圧されている。これに対して批判の声を上げるのが自由主義の優等生ではあろうが、検閲との葛藤が今度はポピュラー音楽世界でどんな成果を生み出すか、という見方‐期待も可能ではないかと思う。

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