ありきたり思考法

shadowありきたり思考法―。既成の思考枠組みから出ようとしない思考法を、私はこう名づける。全く思考しない無思考ではない。しかし、凡庸・陳腐。そういう思考法である。このような思考法はテレビをつければ、テレビ御用達文化人・有識者が毎日飽きるほど手本を見せてくれている。実際、飽き飽きする。
しかし、このような思考法は今、全世界に拡散し、現代人に特徴的な思考法となっている。人文学、特に哲学が枯渇しているゆえんである。日本では大学からも人文系学問が政策的に消去されようとしているが、これはありきたり思考法が世界でも最も定着している「ありきたり思考大国」日本ならではの先駆的な政策である。
ありきたり思考人にとって、ありきたり思考をしない者はまともな人間とは思われないので、無視され、周縁に追いやられる。これは「弾圧」ではなく、「弾圧」以上である。存在しない者として扱われるのだからである。
私の『共産論』などはありきたり思考法の対極にあるので、最も無視される立場にあるのだろう。虚しさは募るが、自己満足と蔑まれようと発信をやめようとは思わない。とはいえ、私の思考余力も無限ではない。体力的な限界からも、遠からず終止符を打つべき時が到来するような予感がし始めている。

2017年6月
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