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2019年6月 5日 (水)

弁証法の再生(連載第9回)

Ⅲ 唯物弁証法の台頭と転形

(8)エンゲルスの唯物弁証法
 マルクスの共同研究者にして終生の友でもあったエンゲルスは、マルクスとの死別後も20年近くにわたって活動し、その多くが未完ないし未出版に終わっていたマルクスの遺稿の整理と解説に当たり、マルクス思想の継承と普及に貢献した。
 おそらくエンゲルスの存在なくしては、マルクスは没後、完全に埋もれた思想家に終わったのではないかと思えるほどであるが、そうしたエンゲルスの思想史的貢献の一つに唯物弁証法の定式化がある。その点、マルクスは、彼が批判的に継承したヘーゲルに似て、弁証法の定式化はあえて試みず、それを思考の前提として扱っていた。
 これに対して、エンゲルスは唯物弁証法の定式化に踏み込んでいる。それによれば、唯物弁証法定式は①量より質への転化②対立物の相互浸透③否定の否定の三項にまとめられる。エンゲルス自身、この定式に逐条的な解説を施しているわけではないが、いくらか私見をまじえて解釈すれば、次のようである。
 まず「第一項:量より質への転化」とは、量的な変化が質的な変化をもたらすという一見すると矛盾律であるが、これは例えば生体の細胞をはじめ、分子の量的な集積が質的に新たな物質を生み出すような例を想起すれば、判明する。
 「第二項:対立物の相互浸透」は、およそ対立物は相互に相対立する関係性によってその存在が規定される相関関係にあり、実体的に対立するのではないという関係論的存在論である。
 「第三項:否定の否定」は形式論理学における二重否定―それは消極的な肯定である―とは似て非なるもので、あるものを全否定することなく、対立物の止揚により高次の措定に至るというヘーゲルにおける止揚の簡明な定式化である。
 これら三項は、各々別個独立の定式なのではなく、第一項の量より質の転換の過程に対立物の相互浸透があり、その結果として対立物の止揚による新たな境地が拓かれるという動的なプロセスが表現されているとみることができるだろう。
 ただ、これだけのことなら特段の独創性は認められないが、エンゲルスは唯物弁証法の適用範囲を自然界も対象に含めた一般法則として拡大しようとした―未完書『自然の弁証法』がその綱領である―ところに独創性がある。このような一般法則化は、マルクスがあえて試みなかったことである。
 この点で、エンゲルスはマルクスよりも教条主義的な傾向が強く、後に弁証法の代名詞のごとくなった「マルクス主義」はマルクス自身ではなく、エンゲルスによって最初に体系化されたと言い得るのである。このことは唯物弁証法の普及に寄与するとともに、その教条化にも力を貸したであろう。

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