« 言語発展論(連載最終回) | トップページ | アフリカ黒人の軌跡(連載第40回) »

2019年6月12日 (水)

「シェアリング経済」の展望

 昨今、資本主義の内部に「シェアリング経済」と呼ぶべき新たな潮流が見られる。例えば、シェアハウス、カーシェアリング、ワークシェアリング等々。住宅や自動車は、日常生活の必需品もしくは必需に近い有益品だが、単独で所有するには比較的高価なものである。そうした物品をあえて単独所有せず、他人と共有しようとするのがシェアリングである。
 こうした共有の観念は従来からも所有権の分有形態として存在しているわけだが、それは家族間や家族に等しい知己間に限られていたものが、未知の人との共有にまで拡張されていることが特徴である。そのぶん、共有観念が抽象化されているとも言える。
 労働を分かち合うワークシェアリングとなると、そうした抽象性はいっそう増すことになるが、それだけに共産主義に近接していくことになるため、資本主義では警戒ストップがかかりやすく、物品のシェアリングに比べて普及しているとは言えない。
 結局のところ、こうした「シェアリング経済」も個人所有・市場経済の資本主義的原則に合致する限りでの例外領域にとどまらざるを得ないのだろうが、より展望的にみるなら、資本主義内部での小さな変革の種子とポジティブに受け止めることもできるかもしれない。
 共有の観念をいっそう抽象化された言わば生産様式全般の社会的、さらには人類的規模でのシェアリングが共産主義経済であるとも言える。そうした意味では、資本主義的限界内での「シェアリング経済」を未来の共産主義的経済システムへの移行の手がかりとしてより積極に評価し、これを促進することも革命的行動のちいさな半歩かもしれない。

« 言語発展論(連載最終回) | トップページ | アフリカ黒人の軌跡(連載第40回) »

経済展望台」カテゴリの記事

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30