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2019年5月18日 (土)

言語発展論(連載第25回)

第3部 新・世界言語地図

八 その他の語環―小語環

 前回まで見てきた印欧‐阿亜、ウラル‐アルタイ、シナ‐チベット‐オーストロネシア、ニジェール‐コンゴ、シベリア‐アメリカの世界五大語環だけで現存する地球上の言語の大半をカバーしているが、こうした「大語環」の周辺部にはいくつかのより地域限定的な「小語環」が分布している。
 これらの「小語環」はその分布域や使用者人口こそ限られているとはいえ、相当に古い歴史を持つと見られるものが少なくない。例えば、アフリカ大陸南部のコイサン語環(コイサン諸語)である。
 このグループはアフリカ大陸では少数言語ながら、吸着音や多数の音素など言語が動物的な音声からスタートした起源を現在にも痕跡的に残す言語グループである。その使用者諸民族も最も古くに分岐したハプログループA(Y染色体)を保持する割合が高い。
 アフリカ大陸には他に、サハラ地域を中心に分布するナイル‐サハラ語環がある。このグループは通常、「語族」としてくくられるが、厳密な共通祖語の再構は確定的でなく、語環にとどまるだろう。言語地理的には北の阿亜語族と南のニジェール‐コンゴ語環の間に挟まれる緩衝的位置にある。
 さらに、コーカサス地方に分布するコーカサス語環(コーカサス諸語)は、自動詞の主語と他動詞の目的語が同等に扱われ、他動詞の主語だけが別扱いを受ける性質(能格性)をもつ能格言語の代表例であるが、この能格という文法的性質は、言語の膠着化や屈折化が進み、言語が対格性を獲得する以前の特徴を示しているかもしれない。
 このコーカサス語環が分布するコーカサス地方は、人種分類にいわゆるコーカソイドの発祥地と目され、コーカサス地方の住民が多く保持するハプログループG(Y染色体)は最も古い遺伝子系統の一つであり、アルプス山脈で発見された約5000年前の凍結ミイラのアイスマンも同系統の遺伝子を保持していたことが判明している。
 欧州に印欧語族人が移住して制覇する以前にはこの語環がより広く欧州に広がっていた可能性があるが、印欧語族によって遺伝的・言語的にも上書きされていき、原郷のコーカサス地方にだけ残存したものであろう。
 アジアに目を移すと、シナ‐チベット‐オーストロネシア語環の周辺には、インドシナ半島に分布するオーストロアジア語環がある。ベトナム語やクメール語に代表されるこのグループは通常、「語族」としてくくられるが、共通祖語は再構されていない。孤立語の特徴を共有するが、相違点も少なくないことから、語環と見るほうがよいと思われる。
 一方、オセアニアには、オーストロネシア語族に包摂されるマレー‐ポリネシア語派の諸言語が広く拡散しているが、ニューギニアとオーストラリアには固有の言語グループがある。すなわち800もの言語に分かれたニューギニアのパプア諸語、オーストラリア先住民アボリジニが共有する200以上の諸言語から成るオーストラリア諸語である。
 ただ、オーストラリア諸語はアメリカ先住民の言語同様、文化面にも及ぶ民族浄化政策により、オーストラリア公用語の英語に置換され、絶滅危機に瀕する言語が多い。
 一方、パプア諸語は山岳と熱帯雨林に覆われたニューギニア島の厳しい地理的特質と帰属言語数の多さゆえに、世界の言語の中でも研究が最も遅れており、インドネシア領の西部地域における相当数の非接触部族の存在ゆえに、未知の言語を含む。
 パプア人とアボリジニはともにハプログループCを多く保持する古い民族であり、出アフリカ後、インドを経由して当時はニューギニアとオーストラリアを接合していたサフル大陸に定住した人々の末裔と考えられる。その後の地殻変動でニューギニアが切り離されたことで、同島に残留した人々はパプア人となり、パプア諸語が形成された。
 こうした経緯に加え、両諸語には音韻のほか、純粋型でない能格言語などの共通指標も見られることから、両者を一つの語環―サフル語環―と仮説することもできるかもしれない。しかし、上述したような言語状況ゆえに、仮説上のサフル語環については、言語保存運動とともに今後の研究に待つべき点が多い。

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