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2019年4月 6日 (土)

アメリカ合衆国大統領黒書(連載第22回)

25 セオドア・ローズベルト(1858年‐1919年)

 記念すべき20世紀最初の年にマッキンリー大統領がアナーキストの手により暗殺されるという衝撃の後、副大統領から第26代大統領に自動昇格したのが、セオドア・ローズベルトであった。
 彼は南北戦争の当時まだ幼年であったから、南北戦争以降の共和党系大統領では初めて南北戦争従軍経験のない大統領となった。これにより、南北戦争以後の19世紀後半期アメリカのほとんどを統治してきた歴代の「南北戦争功労政権」は終焉することとなった。
 そうした意味で新しい世代に属し、かつアメリカ史上最年少(2019年現在)42歳の新大統領は、「進歩主義」を掲げていた。ここで言う進歩主義とはしかし、当時の西欧列強が志向していた帝国主義的な膨張政策にアメリカも歩みを進めるという「進歩」を意味していた。
 19世紀までのアメリカはその広大な「新大陸」の開拓―すなわち先住民族浄化作戦―に注力しており、対外的にはおおむね消極主義であり、「旧大陸」諸国の新基軸であった帝国主義的世界戦略には乗り遅れていた。その意味で、20世紀初頭のアメリカは、その広大さにおいてはすでに「大国」であったが、世界秩序においてはいまだ途上的新興国であった。
 そうした流れを変える先鞭をつけたのがマッキンリー前大統領であったが、暗殺により未完に終わったものを引き継いだのがローズベルトだとも言える。彼の有名な「穏やかに話し、棍棒を持ち歩く」という言葉にあるとおり、ローズベルトは軍事力を背景とした威嚇外交によって、アメリカの覇権を拡大しようとしていた。
 さしあたりは、「アメリカの裏庭」であるカリブ諸国への干渉を推進し、フランスが疑獄事件を契機に手を引いたパナマ運河の建設と租借を実現させたほか、キューバにもグアンタナモ基地の租借を認めさせた。これらはアメリカ大陸をアメリカの「縄張り」と宣言したモンロー主義の延長とも言える。
 しかし、ローズベルトは1904年の年次教書では、モンロー主義を超え出て、将来アメリカが世界に国際警察力を行使する時代の到来を予言したが、これは20世紀以降に様々な紛争火種となるアメリカ覇権主義政策のキーワード「世界の警察官」の先駆けを成す、言わば「ローズベルト宣言」であった。
 一方で、ローズベルトは日露戦争の仲介役を買って出て、ポーツマス条約の締結を導いた功績で、アメリカ大統領として初のノーベル平和賞受賞者となった。しかし同時に、ロシアに実質上勝利し、帝国主義化を推進していく気配を見せる極東の新興国・日本の脅威を感じ取ったローズベルトは、日本を仮想敵として戦争を想定する「オレンジ計画」の策定の先鞭をつけている。
 ローズベルトの「進歩主義」は経済政策では、大企業の独占を規制し、消費者保護を図る介入主義の流れを作ったほか、個人的に強い思い入れのあった自然保護の規制を強める環境政策の推進という新機軸を打ち出した。保守派から「社会主義」のレッテルを貼られたこれら新政策の一部は、後に対立政党・民主党から大統領となる遠縁のフランクリン・ローズベルトに継承されていく。
 ローズベルトの「進歩主義」はしかし、人種問題や先住民問題では進歩を見せなかった。先住民に関しては民族浄化を肯定し、困窮先住民の救済には消極的であったし、任期中には政治課題とならなかったものの、彼の日本脅威論は後の排日法にも影響を及ぼしている。
 ちなみに、ローズベルトは高い人気を背景に1904年大統領選挙で圧勝し、副大統領からの自動昇格者として初めて連続二期を務めた。退任後の1912年には当時の政治状況への不満から新党・進歩党を結成して大統領選挙に再出馬するも、選挙運動中に暗殺未遂事件にあったうえ、落選した。
 政治的背景のない銃撃事件ではあったが、彼の分派行動は共和党票を分裂させ、第一次世界大戦への対処をめぐってローズベルトを激怒させることになる民主党ウッドロー・ウィルソンの当選を許す結果となった。

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