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2019年4月20日 (土)

言語発展論(連載第24回)

第3部 新・世界言語地図

七 シベリア‐アメリカ語環

 南北アメリカ大陸には、同大陸をインドと誤認して「発見」したヨーロッパ人によってインディオとかインディアンと名づけられた先住民族の膨大な言語群が存在しており、比較言語学上はすべてを包括して「アメリカ先住民諸語」と呼ばれてきた。
 しかし、この総称は300を超える言語をすべて束ねた大雑把なくくりにすぎず、そこには10を超える大語族といくつもの独立語がすべて包括されている。それらは相互には疎通不能なほど多彩であり、「アメリカ先住民諸語」の共通祖語を再構することは不可能である。おそらく「アメリカ先住民諸語」は一つの共通祖語から分岐したものではないからである。
 一方、遺伝子系譜的に見ると、アメリカ先住民は最北のイヌイットを含めて、ハプログループQを共有している。意外にも、この遺伝子系統の発祥地は2万乃至3万年前のイラン付近と推定されており、そこから東進してシベリアを通過し、まだ陸続きだった頃にアメリカ大陸へと順次移動したと見られている。
 実際、通過点のシベリアでは少数民族ケット人に90パーセント以上という高頻度でハプログループQが見られるので、極端にはアメリカ先住民の祖先集団はケット人だと言うこともできる。さらに興味深いことに、かれらの固有言語ケット語が属する中央シベリアのイェニセイ語族と主として北アメリカに広く分布するナ・デネ語族の間に共通祖語から分岐した同族関係が立証されたのである(デネ‐イェニセイ語族)。
 全般に、アメリカ先住民諸語とイェニセイ語族も含む古シベリア諸語は包合語の特徴を共有している。典型的な抱合語は動詞に他の意味的・文法的な単位が複合されて、一つの文意を成すような言語であるが、こうした特徴は品詞の機能が未分化だった古い言語の特徴を継承しているとも言える。
 現時点において、ベーリング海峡をはさんだユーラシア・アメリカ両大陸間で厳密な比較言語学的検証によって同族関係が立証され得るのは上掲のデネ‐イェニセイ語族のみであるが、遺伝子系譜をも総合した語環の観点に立てば、ここに「シベリア‐アメリカ語環」を想定することができるかもしれない。
 この語環は本来そこに膨大な数の言語を含むにもかかわらず、ロシアを含むヨーロッパ列強の植民地支配を経て、スペイン語や英語、ロシア語等に置き換えられ、現在ではその多くが死語ないし絶滅危惧言語と化している点で、前回までに見た四つの語環とは大きく状況が異なっている。実際、この語環の中で、一国の公用語の地位を持つのは1000万人以上の話者を持つと推定される南米のケチュア語をはじめ、ごく限られている。
 おそらく抱合語の持つ複雑さが現代の先住民族自身によっても回避され、より簡明な屈折語の印欧語系言語に置換されていく流れは今後も変わらないであろうが、「シベリア‐アメリカ語環」を立てることが、希少言語の保存に寄与することを期待する。

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