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2019年2月17日 (日)

弁証法の再生(連載第5回)

Ⅱ 弁証法の再発見

(4)ヘーゲル弁証法①
 アリストテレスによって弁証法が論理学より下位の一推論法に格下げされて以来、実に2000年近くにわたって弁証法は事実上忘却されたままであった。それを2000年の眠りから覚まさせたのは、ドイツの哲学者ヘーゲルであった。
 ヘーゲルはカントの観念論が隆盛であった近世ドイツで、カント哲学の研究と習得から始めて、その観念論の克服を目指していた。その過程で、彼は後に弁証法をヘーゲル流の仕方で再発見したのだと言える。その概要は彼の主著でもある『精神現象学』に収められている。
 ヘーゲルがアリストテレスによって格下げされた弁証法を再発見したのは、彼がアリストテレス流の形式論理学とその土台となっている形式主義的・概念操作主義的な「体系的知」―それは近代科学への道でもある―とは別に、事物の自然な本質規定の認識に到達するような「学的知」を導く思考過程に関心を向けたからであった。
 このような問題意識はおそらく、カント哲学における認識と「物自体」の不一致という欠点を克服し、宗教的意識にも関連する絶対知への到達を試みようとするところから生じた。大胆に言えば、ヘーゲルはアリストテレスを遡って、プラトンのイデア論を近代哲学的に改めて再解釈しようとしたのである。
 ただし、プラトンがイデアの把握の道を弁証法より以上に幾何学に求めようとしたのに対して、ヘーゲルは改めて弁証法に焦点を当て、弁証法を通じてヘーゲル流のイデア=絶対知へと到達しようとしたのである。そうしたヘーゲルの思考の道程そのものが一冊の書としてまとめられたのが『精神現象学』であるが、様々に研究されてきたこの書の内容をここで逐一紹介することはしない。
 ここで触れておきたいのは、『精神現象学』には二重の含意があるということである。一つは『精神現象学』の実質的な内容である。すなわち、そのタイトルどおり、「精神の現象」について扱った言わば意識の哲学としての内容である。
 もう一つは、この書で適用されている弁証法的思考法そのものである。これはしばしば「弁証法的論理学」とも呼ばれるが、先に述べたとおり、ヘーゲルはアリストテレス流の形式論理学に対抗する形で「学的知」への到達を目指したので、「論理学」を冠するのは妥当と思われない。
 この二つの含意のうち、ヘーゲルが主題的に扱ったのは前者であり、後者の弁証法的思考法は必ずしも主題ではないのであるが、晩年の主著『法の哲学』に至るまで、ヘーゲル哲学を支える思考法として維持されていくものを「ヘーゲル弁証法」と規定することにする。

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