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2019年1月 9日 (水)

言語発展論(連載第20回)

第3部 新・世界言語地図

三 印欧‐阿亜語環

 インド‐ヨーロッパ語族(印欧語族)は、童話でも有名なグリム兄弟による近代的な比較言語学の確立を経て構築された最も体系的に立証される語族であり、まさに「語族」の代名詞的存在である。
 インドとヨーロッパを広域的につなぐこの語族は、地理的に見れば「語環」に近い性質をも持つが、比較言語学的にすべての包摂言語が共通の印欧祖語から派生・分岐したことがかなりの確度で証明できるために、「語族」にまとめることができている。
 この語族はまた、総体として屈折語の特徴を共通指標とするから、屈折語の代名詞でもあり、「屈折語族」と呼んでもよいほどである。この屈折語としての共通特徴を持つもう一つの語族としてアフロ・アジア語族(阿亜語族)と呼ばれるものがある。
 この語族は古くは聖書の神話的な民族分類に影響されて、セム‐ハム語族などと指称されていたが、今日ではアフロ‐アジアという地域的な名称に変更されている。ただ、この語族の地域的分布はおおむね北アフリカと西アジアに集中するため、精確には北アフロ‐西アジア語族と呼ぶべきかもしれない。
 阿亜語族は印欧語族のように共通祖語がいまだ再構されていないため、厳密には「語族」というより、「語環」に近い性格を持つ。そのうえで、動詞の活用変化に現れる屈折的特徴を大きくとらえれば、印欧語族との外的なつながりを認め、「印欧‐阿亜語環」というグループを想定できるかもしれない。
 両語族をつなぐ人類遺伝子上の系統はHaplogroup R1bである。この遺伝子系統は印欧語族系民族間で特に顕著に認められるが、阿亜語族系民族間にも拡散的に認められ、両者をつなぐ鍵となっているからである。
 実際に両語族の交錯がはっきりと現存言語に残されているのが、マルタ語である。地中海のマルタの公用語であるマルタ語は欧州では唯一の阿亜語族・セム語派に分類される言語であり、発生的には中世シチリア島がイスラーム勢力に支配されていた時代の公用語であったシチリア・アラビア語に起源があるとされる。
 一方で、マルタ語は印欧語・イタリック語派に属するシチリア語からも多くの単語を取り込んでおり、語彙的には印欧語族との共通性も持つため、阿亜語族と印欧語族の両者の特徴を併せ持つ興味深い複合言語として確立されている。こうして、マルタ語は少数言語ながら、「印欧‐阿亜語環」を象徴する言語という地位にあると言える。
 「印欧‐阿亜語環」という超域的な言語群を想定することは、今日の世界秩序において、宗教政治的にしばしば激しく衝突する欧米と中東の対立関係を言語学的な観点から止揚することに寄与するかもしれない。

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