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2018年10月 3日 (水)

神道と政治―史的総覧(連載第24回)

八 議会神道の時代

議会神道への道
 連合国軍による占領下、「神道指令」によって国家神道が禁じられる中で、神道界の統一団体として設立されたのが神社本庁であったが、1952年の占領終了と日本の主権回復は、神道界にとっての重要なエポックとなった。
 神社本庁は占領終了から四年後の1956年、「敬神生活の綱領」(以下、単に「綱領」という)と題する簡潔な文書を発した。「神道は天地悠久の大道であって、崇高なる精神を培ひ、太平を開くの基である」の宣言に始まる「綱領」は、明治維新後の「大教宣布の詔」とも内容的に重なるような神道復興宣言であった。
 ただ、その法的性質は、天皇の詔勅ではなく、あくまでも民間宗教法人の公式文書にすぎなかったから、「綱領」の発布=国家神道の復活ということにはならない。とはいえ、神道界の包括宗教法人という地位を持つ神社本庁の公式綱領文書であり、これが神道の政治力回復への重要な契機となったことも否定できない。
 実は神社本庁は早くも占領終了の翌年1953年、戦前内務・文部両官僚を歴任した初代事務総長・宮川宗徳を参議院選挙の候補者に擁立したが、落選に終わっている。
 この後、政界進出の動きはしばらく停滞するも、1969年、神社本庁の政治団体として「神道政治連盟」(以下、単に「連盟」という)を結成、各回の国会議員選挙で神道界を代弁する候補者の推薦と支援を行なう方針を決めた。
 「連盟」自体は政党ではないので、神道系政党が結党されたわけではなかったが、その綱領第一項で「神道の精神を以て、日本国国政の基礎を確立せんことを期す」と宣言する「連盟」は、戦後憲法の政教分離原則を事実上否認し、議会政治を通じ国家神道を新たな形で復権させるに等しい任務を帯びた団体であった。
 神職を候補者に立てるという直接参加的な当初の方針を転換し、外部候補者を広く見定めた結果として、「連盟」が推薦・支援する候補者はほぼ保守系、その大半は自由民主党(自民党)の候補者で占められることとなり、「連盟」と自民党の関係性は極めて密となった。
 「議会神道」と呼ぶべきこの新戦略は的中し、やがて「連盟」推薦議員の増加により300名近くの所属議員を擁する「神道政治連盟国会議員懇談会」なる超党派―実態はほぼ自民党系―議員団の結成にまで至るのである。

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