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2018年7月14日 (土)

神道と政治―史的総覧(連載第20回)

七 国家神道の圧制

王政復古と神道
 幕末倒幕運動の精神的・宗教的なバックボーンとなったのは、復古神道ないしはそれの直接間接の影響下にある神道思想であった。このことが、近代化革命としての歴史的意義を持つ明治維新をして、他方では王政復古・祭政一致という反近代的な形態をまとった反動革命という両義的な「革命」たらしめたと言える。
 明治維新における革命宣言とも言える「王政復古の大号令」には神道に関わる直接の言及はないが、明治政府はいち早く旧律令制下で神道行政を担った神祇官を復活させ、内閣に相当する太政官からも独立した筆頭官庁とした。そのうえで、明治三年には「大教宣布の詔」を発布した。
 この明治天皇の名による新たな詔書は大号令では言及されなかった神道の位置づけを明確にした重要文書であり、神道を国教とし、神道でもって国民のイデオロギー的統一を図る祭政一致国家を建設せんとする国家神道宣言と呼ぶべき内容を伴っていた。
 その目的を達成すべく、明治政府はキリスト教の布教方法にならってか、神道布教に専従する「宣教使」なる専門官庁を神祇官の下に設けたが、神道学派間の対立や依然として儒教重視の地方藩の反発などもあり、失敗に終わった。
 またこのような宗教統一政策は当然にも、従来神道を押しのける勢力を保持してきた仏教界の反発を招いた。彼らの巻き返しにより、国民教化は神・儒・仏の合同布教という折衷的な路線に転換され、国民教化を任務とする教部省なる官庁が新設された。
 そのうえで、国民教化を担う中央教宣組織として大教院を設置し、正式に任命された教導職をして国民教化に従事させるという新体制が用意された。しかし、このような半端な妥協策に持続性はなく、大教院が廃止解散されたのに続き、教部省そのものも廃止されることとなった。
 明治十年以降、宗務行政は内政庶務を担う内務省の所管に移された。結局のところ、神道を国教と位置づけつつ、宗教として正面から教宣するという明治政府の施策は失敗に終わったと言える。このことは通常、明治政府が神道の国教化を断念したものと受け止められているが、実際のところ、明治政府のやり方はもっと巧妙だったのである。

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