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2018年7月25日 (水)

アメリカ合衆国大統領黒書(連載第11回)

12 ザカリー・テイラー(1784年‐1850年)

 公約どおり一期のみで退任したポーク大統領の後を受けて第12代大統領となったのは、反対党ホイッグ党のザカリー・テイラーであった。テイラーは南部奴隷州の中心・バージニア州の奴隷農園主の生まれながら、一家がケンタッキーの辺境地へ開拓移住したことで、十分な教育は受けられなかった。
 そこでテイラーは軍に入隊し、以後40年にわたり軍人一筋に歩んだ。その軌跡は同じ党から出た第9代ハリソン大統領に似ている。テイラーの戦績は米英戦争に始まり、ブラックホーク戦争、セミノール戦争、米墨戦争等々、19世紀前半期アメリカが当事国となった重要な戦争のほぼすべてに及んだ。
 これらの戦争の多くは先住民殲滅作戦を伴っており、それを中心的に指揮したのがテイラーであった。南部領土を拡張した米墨戦争では、時のポーク大統領から司令官として派遣され、大統領命令に反してまでメキシコ軍を深追いして戦勝に大きく貢献、少将に昇任した。
 このようなアメリカの歴史を変える侵略戦争の戦歴者はアメリカ白人にとってはヒーローそのものであり、大統領選挙に引っ張り出されるに十分であった。特に政権奪還を目指していたホイッグ党にとって、テイラーはハリソンの再来と映ったろう。
 テイラーは選挙でもあえて自己投票しないほど政治的野心がない人物であり、すべて党の膳立てどおりに動き、当選を果たした。しかし、大統領に就任すると、議会から距離を置き、党派争いに巻き込まれることを避けた。
 彼の任期中最大の課題は、彼が戦勝に寄与した米墨戦争の結果獲得した南部新領土の扱いをめぐるものであった。つまり、奴隷制を新領土に拡大するかどうかである。テイラーは自ら奴隷所有者でありながら、奴隷制拡大には反対であった。
 与党内でも議論が紛糾したこの問題は、テイラーが今日コレラと推定されている急病で死去した後、「1850年協定」と呼ばれる政治的妥協策で当面解決されることとなった。
 この協定の結果、新領土のカリフォルニア州は奴隷制なしの自由州となる一方、他の新領土は奴隷制を導入できることとなった。テイラーはこのような妥協に反対していたが、彼の急死を受けて副大統領から昇格したミラード・フィルモアによって承認された。
 結局、史上最短で任期中急死したハリソンの再来よろしく、在任一年余りの道半ばで死去したテイラーであったが、奴隷所有者としては史上最後のアメリカ大統領となった。意図したものではなかったとはいえ、奴隷制に関しては、結果的に「白歴史」を残したと言えるかもしれない。

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