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2018年6月 6日 (水)

アフリカ黒人の軌跡(連載第24回)

五 奴隷貿易諸国と新大陸黒人

オヨとダホメ
 西アフリカにおける奴隷供給諸国の中で、最も歴史が古いと見られるのはオヨ王国である。オヨはナイジェリアにおける主要民族の一つであるヨルバ族が立てた王国であり、1400年頃、ヨルバ系最古の王国であるイフェよりも遅れて西方に建国された。
 当初はマイナーな存在であったが、ハウサ諸王国やソンガイ帝国とともにサハラ交易に参画して蓄積した富を元手に台頭した。大航海時代のヨーロッパに対しては奴隷供給を通じていち早く通商関係を持ち、見返りに軍備増強を推進したのである。こうしてオヨはヨルバ系諸国唯一と言われる騎兵隊を擁し、16世紀末までにイフェを圧倒して、ヨルバ系諸国の頂点に立つ。
 他方、17世紀半ば、オヨの南にはアジャ族が建てたダホメ王国が建設された。アジャ族は元来、今日のベニンの海岸地方にいたが、内陸に移住して当地のフォン族を服属させ、王国を建設した。こうした征服王朝の常として、ダホメは当初から中央集権的な軍事国家の性格が濃厚であった。
 オヨとダホメは、コンゴと異なり、共に西欧列強に対する奴隷供給国家として富国強兵を図ることに躊躇いがない点で、互いにライバル関係に立った。18世紀前半に出たダホメのアガジャ王はダホメの領土を拡張し、奴隷供給国家としての地位を確立したが、オヨとの戦争には勝てず、治世末期の1730年以降、ダホメはオヨの属国となった。
 この時から約1世紀の間はオヨが全盛期を迎えるが、ダホメの従属は形式的なものにとどまり、ダホメは実質的な独立を維持し、繁栄を続けた。一方、オヨは19世紀に入ると、フラニ族系の新興イスラーム系国家ソコト帝国に圧迫され、衰退する。
 ちょうどそのタイミングでダホメに登場した9代国王ゲゾは1830年、オヨを攻撃して実質的な滅亡に追込み、オヨに取って代わりダホメの全盛期を築いた。ゲゾは大規模な奴隷狩りで奴隷供給国家としての基盤を強化しつつ、西欧における奴隷貿易禁止の動向にも留意し、将来を見越してパームオイルの輸出に注力するなど経済基盤の多角化も図った。
 一方で、ゲゾは4000人規模の女性銃士隊を組織するなど軍備を強化しつつ、国内にはスパイ網を形成して恐怖政治を敷くなど専制君主として君臨したが、暗殺と見られる1858年の彼の死後、ダホメは衰退する。
 衰退の要因は奴隷貿易の廃止と関わっている。ゲゾ王は治世中に奴隷貿易の廃止を宣言したが、実際にはなお続行しており、彼の後継者もそうであったが、19世紀末になると立ち行かなくなり、1890年から94年にかけて、フランスとの二次の戦争に敗れ、フランス領土に下ったのである。

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