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2018年3月13日 (火)

アフリカ黒人の軌跡(連載第20回)

四 内陸アフリカの多様性

ナイロート諸族とセンナール首長国
 内陸アフリカで大きな割合を占める民族集団として、ナイロート民族がある。かれらは、ナイル諸語として包括される言語を共有する集団である。代表的な所属民族としてルオ族、マサイ族、ディンカ族、ヌエル族、シルック族などがある。
 この集団の発祥地は今日の南スーダンに属する白ナイル河流域の大湿地スッド付近と見られ、紀元前3000年紀頃に現れ、牛を重要な物資とする牧畜民としての生活様式を確立していった。
 ナイロート民族中最初に王国を形成したのは、シルック族である。かれらは15世紀末に伝説的な王ニイカングの下に統一され、16世紀までには白ナイル河西岸に強力な王国を形成した。シルック王国は牛の牧畜を基礎に、穀物栽培や白ナイルでの漁業を組み合わせた経済活動を営み繁栄するとともに、白ナイルを航行する軍用カヌーを駆使した強力な水軍を擁した。
 シルック王国最大のライバルは、北で隣接するイスラーム系センナール首長国であった。センナール首長国の支配民族フンジは非ナイロート系であるが、その出自は不詳である。首長国の民族構成はヌビア系、ナイロート系からアラブ系まで含む多民族だったと見られる。
 シルックは17世紀前半、強力な騎兵隊を擁するセンナールに対し、白ナイルの交易ルートをめぐって長期の戦争に入ったが、最終的にセンナールが勝利した。しかし17世紀後半になると、それまでの首長連合的な体制を中央集権化することに成功したシルックが盛り返し、衰退するセンナールを尻目にファショダを首都として繁栄を続けた。
 他方、今日の南スーダンで最大人口を占めるディンカ族はナイロート民族発祥地スッドに長くとどまり、国家を形成しない伝統的な生活様式を維持していたと見られるが、17世紀後半にシルックとセンナールの境界域に進出し強勢化したため、シルックとセンナールは同盟に転じ、これを牽制した。
 しかし、センナールが衰亡した19世紀に入ると、ディンカ族とヌエル族の連合勢力が台頭し、ナイル水系のソバト河を越えて白ナイル流域に支配権を広げると、シルックも19世紀後半に衰亡していくのである。

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