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2017年12月20日 (水)

神道と政治―史的総覧(連載第9回)

三 律令的神道祭祀の確立

鎮護国家と神仏習合
 
前回見たように、律令制の下、神道は神祇官によって中央管理される儀礼的な宗教として確立される一方、律令制確立期である奈良時代には、仏教が朝廷によっても高く奉じられるようになる。特に聖武天皇と光明皇后は仏教に深く帰依し、東大寺や国分寺の創建を主導、仏教を国家鎮護の支柱として据えた。
 このような鎮護仏教と神道の関係性は複雑であり、簡単にはとらえ難いが、さしあたり神道は天皇の権威の源泉であり、国家儀礼の支柱であるの対し、仏教は国家の精神性を補強する護国宗教として措定されたと言えるかもしれない。
 このような関係性は、神宮寺という新たな宗教施設の創出にもつながっている。神宮寺は古来の神社に付設された仏教寺院であり、その役割は神社に祭られた神々を守護することであったが、その根底には神道の神々を仏の化身とみなす本地垂迹思想があった。
 このような神宮寺は皇室祭祀の聖地である伊勢神宮にすら大神宮寺という名で存在した記録があるが、これは奈良時代末には廃絶したようである。理由は寺僧の乱妨によるとされるが、さすがに神道聖地への神宮寺付設は不適切とみなされたのかもしれない。
 神宮寺とは逆に仏教寺院を守護する鎮守社という宗教施設も創設され、その最も著名な例は藤原氏の氏寺である興福寺とその鎮守社・春日大社である。その他、聖武天皇肝いりの東大寺も九州の宇佐八幡宮を勧請する形で鎮守社とした。その本社宇佐八幡宮にも神宮寺として弥勒寺があった。また当初は平安京鎮護を目的とする官寺として創建された東寺は秦氏の氏神社であった伏見稲荷大社を鎮守社とした。
 このような神仏習合が政治的陰謀として発現したのが、宇佐八幡宮偽神託事件である。著名な事件の概要は省略するが、この件の発端は、時の女帝・称徳天皇の寵臣であった仏僧・道鏡の弟で大宰帥・弓削浄人〔ゆげのきよひと〕と大宰府で神祇を司る大宰主神の習宜阿曾麻呂〔すげのあそまろ〕が「道鏡に皇位を継がせるべし」旨の宇佐八幡宮神託が下ったと虚偽の奏上をしたことに始まる。
 事件の中心にあった道鏡自身、多くの門弟を育てた法相宗の高僧・義淵の門弟にして、禅にも通じた仏僧でありながら、祈祷や奇術も行なう男巫的な性格を併せ持つ“怪僧”であり、神仏習合を一身で体現した人物であったようである。
 この神託を通じた奇想天外な皇位簒奪未遂の陰謀は、勧請によって東大寺の鎮守社となり、その中央での権威を増した宇佐八幡宮が仏僧の道鏡と通じて皇位継承問題にまで関与しようとしたもので、神仏習合なくしては考えられなかった事件であろう。宗教の混淆が時に悪政も招く一例である。

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