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2017年10月19日 (木)

アフリカ黒人の軌跡(連載第12回)

三 スワヒリ文明圏

スワヒリ文明圏の発祥
 今日のアフリカ東海岸中央部には、バントゥー語群を代表するスワヒリ語を共通語とする大連環地域が広がっているが、この地域はまさにバントゥー人の西からの大移動によって始まった。
 バントゥー人はすでに紀元前1000年頃には大湖沼地帯に移住し、農耕文化を担っていたと見られるが、人口増の圧力により、紀元2世紀頃までには東海岸地域に進出した。
 しかし、スワヒリ文明圏の誕生に当たっては、イスラームの伝来が不可欠の触媒となった。アラビア半島で6世紀末に創唱されたイスラームは7世紀末までには紅海を越えてアラブ商人によってアフリカ東海岸にも伝えられていた。
 その結果、バントゥー人のイスラーム化が進むとともに、アラブ人やペルシャ人の定住者も加わり、血統的にも混合しながら、アラビア語の語彙を大幅に取り込んだバントゥー語変種であるスワヒリ語が地域のリンガフランカとして形成・定着し、スワヒリ語を共有する文明圏が築かれていったのである。
 こうしたイスラームを文明化触媒とする形成過程は前章で見たサハラ交易文明圏とも類似しているが、大きく異なるのは、スワヒリ文明圏ではアフリカ黒人自身を主体とする大帝国は築かれなかったことである。その代わりに、キルワやザンジバルなど島嶼部に発達した交易都市群が栄えた。
 その理由として、この地域の民族的・文化的混淆性と海に向かって開かれた交易都市文明としての性格が想定できる。実際、この地域では共同体の発祥をシラージと呼ばれる外来のペルシャ人に求める伝承など、受動的な発祥が強調されるのである。
 しかし考古学的な証拠は、この地域の中心勢力がやはりバントゥー系黒人であり、アラブ人やペルシャ人は文明形成の触媒的な役割を担ったことを示唆している。とはいえ、政治経済的な面でのアラブ人やペルシャ人の主導性は否めなかった。

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