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2017年10月 4日 (水)

アフリカ黒人の軌跡(連載第11回)

二 サハラ交易文明圏

カネム‐ボルヌ帝国
 カネム‐ボルヌ帝国は、古代から近代までチャドを拠点に広域支配した複数の継起的な王朝の総称であり、単一の帝国ではない。その全存続期間はアフリカの諸王国でも最長の1200年近くに及ぶが、チャド湖北東部に拠点を置いた前半の時代をカネム帝国、同西部に遷都した後半をボルヌ帝国と呼ぶ。
 チャドはトリポリを起点とするサハラ交易ルートの南端部に当たる地域であり、西アフリカ方面へのまさに中継地に当たり、ここを広域支配したカネム‐ボルヌ帝国もまたサハラ交易文明圏に包摂される。
 その最初期のカネム王朝はナイル・サハラ語族系の遊牧民カネンブ族によって建てられた。かれらは民族籍不詳の先住サオ人の都市国家を征服して定住化し、その高度な文化を吸収しつつ、新王朝を発展させた。しかし、11世紀後半、フマイと名乗る実力者が王権を簒奪し、新王朝を建てた。
 この新王朝の民族的出自も不詳であるが、アラブ系イエメン人の系譜を名乗るセフワ朝を称した。しかし、実際のところ、セフワ朝はやはりナイル・サハラ語族系のカヌリ人を主体としていたと考えられる。セフワ朝は13世紀に出たドゥナマ・ダッバレミ王の時、イスラーム化し、イスラーム帝国として強勢化する。
 しかし14世紀には衰退し、1376年、チャド湖西南部のボルヌ地方への遷都を余儀なくされた。王室も分裂し、存亡の瀬戸際に立たされたが、15世紀後半に出たアリ・ガジ王が王室の統一とカネム帝国時代の王都ンジミの奪回を果たした。
 16世紀後半のイドリス・アルーマ王の時代にカネム帝国時代の領域をほぼ奪回し、ハウサ諸王国も支配下に置き、ニジェール東部にまで及ぶ帝国全盛期を迎えた。その中央サハラにおける覇権は、19世紀初頭にニジェール・コンゴ語族系のフラニ人が台頭するまで続いていく。

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