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2017年9月17日 (日)

神道と政治―史的総覧(連載第2回)

一 古代国家と神道の形成

邪馬台国と国家祭祀
 神道は特定の創始者と創始年を特定できない伝統宗教であり、原初のアニミズムに起源を持つことはほぼ間違いない。そのため、初めから政治との関わりが濃厚だったいわゆる世界三大宗教とは異なり、元来は民間信仰の性格が強かったはずである。
 それがいつ頃から政治との結びつきを持ち始めたのかは史料もなく不明としか言いようがないが、日本の古代国家揺籃期における国家祭祀に関する最も古い記録は、やはり『魏志倭人伝』の記述であろう。とはいえ、その記述はごく簡潔である。
 そこではまず民間の宗教的習俗として、何らかの事を起こすに際して、骨を焼き、火の裂け目を見て吉兆を占う卜占の存在に言及され、それは亀の甲羅を用いる中国の「令亀の法」のやり方と似るとも指摘されている。これは邪馬台国に限らず、日本―中国側が「倭」と認識していた限りの領域―の共通習俗として描かれている。
 より政治と関わる記述としては、邪馬台国女王・卑弥呼の人物紹介の箇所で、女王が「鬼道」に使え、民衆をよく惑わすという簡単な記述があるのみである。ここで言う「鬼道」の内容について具体的な記述はないが、女王自身も卜占的な祭祀を執り行う立場にあり、民衆もそれを篤く信仰していた様子が伺える。
 卑弥呼推戴の経緯は、小国間での長年の内乱を終結させることにあったとも記されているから、卑弥呼が体現した宗教は民衆のみならず、小国の首長ら支配層をも従わせ、戦乱を収拾し、和平を保障するような力を帯びていたことをも裏書きしている。
 邪馬台国の地理的位置づけについてはいまだに論争は決着していないが、この国家が何処に所在しようと3世紀の弥生時代末期における日本の代表国家であったことは間違いなく、この国にはすでに祭政一致の政治体制が存在したことも間違いない。
 邪馬台国の政治では夫婿を持たない卑弥呼女王の男弟が摂政のような役割を負っていたとされ、また諸国の検察も邪馬台国傘下の伊都国に置かれた「一大率」が掌握したとあることからも、女王は俗権を超越し、専ら国家祭祀を受け持つ聖俗二元的な体制が採られていたとも解釈できる。この点、後の律令国家では天皇が聖俗にまたがる権威を持ったのとは構造が異なっている。
 そうしたことから、日本における3世紀の古代国家揺籃期の時代から国家祭祀が形成され始めていたことは確認できるとしても、それが後の神道の直接の祖と言えるかどうか、まして卑弥呼が神道における主神でもある天照大神の実在モデルかどうかについては断定できない。

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