« 仏教と政治―史的総覧(連載第35回) | トップページ | 私家版朝鮮国王列伝[増補版](連載第13回) »

2017年8月 9日 (水)

アフリカ黒人の軌跡(連載第7回)

二 サハラ交易文明圏

サハラ交易と文明開化
 ヌビア人の王国が衰亡した後、アフリカ黒人の活動中心は西アフリカへ遷移し、西アフリカの文明開化を刺激するが、その契機となったのは、サハラ砂漠をルートとする交易活動―サハラ交易であった。
 かつて緑地だったと想定されるサハラも紀元後には砂漠化が進行しており、紀元3世紀頃には乾燥に強いラクダが移入され、ラクダを使役する交易が盛んになり始めていた。気候変動に伴う砂漠化の進行が人々から生活の場を奪う一方で、砂漠をルートとする交易は活発化するという歴史の皮肉であった。
 この地域でラクダ交易を最初に開始したのは、北アフリカ地域全体に割拠したアマジクの諸族であったが、かれらはアフリカ黒人ではなく、アフロ・アジア語族に属するコーカソイドである。アマジクはイスラーム勢力の北アフリカ征服により順次イスラーム化し、後に強力なイスラーム諸王朝を築く。
 サハラ交易の主要ルートは、現モロッコからニジェール河北部へ通ずるニジェール・ルートと現チュニジアからチャド湖付近へ通ずるチャド・ルートの二本があったが、前者のニジェール河流域では紀元前3000年紀から先行の農耕文化圏が拓けている。しかし、それはナイル河流域のような文明圏に発展することはなかった。
 やがてこの流域ではバントゥー人とも同系のニジェール‐コンゴ語族に属するマンデ語派諸族の村落群が出現するが、その中からガーナが優勢化し、早ければ紀元4世紀には王国を形成したとされる。後にガーナ王国は隊商交易で巨富を築くことになる。
 このガーナを嚆矢として、西アフリカからチャド湖付近にかけてのサハラ交易ルート沿いには、アフリカ黒人を担い手とする商業文明圏―サハラ交易文明圏―が築かれていくのである。

« 仏教と政治―史的総覧(連載第35回) | トップページ | 私家版朝鮮国王列伝[増補版](連載第13回) »

アフリカ黒人の軌跡」カテゴリの記事

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31