« アフリカ黒人の軌跡(連載第5回) | トップページ | 仏教と政治―史的総覧(連載第33回) »

2017年6月12日 (月)

オセアニア―世界の縮図(連載第18回)

第二部 現況~未来

(7)政情不安事例②:パプアニューギニア
 パプアニューギニアの本島は、その名のとおりパプア人を主体とするが、本島の東に位置するブーゲンビル島は言語・文化の異なるメラネシア人系を主体とし、伝統的にソロモン諸島との関係が深い。
 しかし、ドイツ植民地時代に本島と併せてドイツ領ニューギニアにくくられ、独立後もそのままパプアニューギニア領に引き継がれた。そうした事情が内戦として表出したのが、ブーゲンビル島紛争であった。
 分離独立運動は島の銅山開発利権も絡む形で1975年のパプアニューギニア独立直後から始まるが、本格化したのは1988年以降、武装組織ブーゲンビル革命軍の下、一方的に独立を宣言してからである。
 旧宗主国オーストラリアの支援を受けた政府軍との間の内戦は91年にいったん停戦協定に至るもすぐに破棄され、オーストラリアとニュージーランドの仲介による最終的な和平は世紀をまたいだ2001年のことであった(内戦自体は98年終結)。
 その間97年には、弱体な政府軍を補充するべく政府が結んだ英国民間軍事会社からの不透明な傭兵契約をめぐって、不満を持った軍部がクーデター未遂事件を起こすなど、内政の混乱も重なった。
 最終的なブーゲンビル和平協定では自治政府の樹立、将来的な独立住民投票など、譲歩的な合意がなされ、紛争は終結した。しかし、新興独立国家での長期内戦の悪影響は大きく、内戦で破壊されたブーゲンビル島首府のアラワはいまだ再建途上、首府機能も一時的に遷されている状態である。
 現在、ブーゲンビルは自治州という形態で2000年以降自治政府の施政下にあり、19年には独立を問う住民投票も予定されていることから、その結果次第では再び何らかの紛議が再燃する可能性もなくはない状況であり、行方が注視される。

« アフリカ黒人の軌跡(連載第5回) | トップページ | 仏教と政治―史的総覧(連載第33回) »

〆オセアニア―世界の縮図」カテゴリの記事

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31