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2017年5月21日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第17回)

第二部 現況~未来

(6)政情不安事例①:フィジー
 平穏でのどかな印象さえ強いオセアニアであるが、ここにも民族紛争に起因する政情不安の事例がいくつか見られる。幸いそのほとんどは現時点で一応解決を見ており、現代史の出来事となりつつあるが、再燃の可能性がないわけではない。
 その一つフィジーは旧宗主国英国が移入させたインド系労働者の子孫が人口の高い割合を占めてきた点でオセアニアでも特異な状況にあったが、インド系フィジー人は独立後、経済を主導する富裕層の地位に上った。これには、多数派先住フィジー人の不満が鬱積していた。
 87年の総選挙でインド系政権が誕生すると、そうした不満を背景に、1987年に二度の軍事クーデターが勃発する。オセアニアでは極めて稀な事態であった。
 クーデター指導者シティベニ・ランブカ中佐は先住フィジー人であり、英連邦離脱・共和制移行と先住フィジー人を優遇する憲法改正を主導したことから、彼のクーデターには民族革命的要素が加わった。
 ランブカ自身、文民として92年から99年まで首相を務め、この間にフィジーは英連邦復帰を果たした。しかしランブカは99年の総選挙で敗れ、インド系のチョードリー政権に交替した。
 これに反発した先住民系武装グループによる国会占拠事件が起きると、軍部が介入、武装グループとチョードリー政権双方を排除し、ガラセ首相の先住民系政権を発足させた。しかし、06年にはガラセ首相と対立したフランク・バイニマラマ軍司令官がクーデターを起こし、政権を奪取する。
 これに対してオーストラリアやEUをはじめとする国際社会が制裁を科す中、バイニマラマは巧妙な生き残り戦術で14年の総選挙まで軍事政権を維持し続けたのであった。同年の総選挙で、バイニマラマは民族融和的なフィジーファースト党を率いて圧勝し、改めて文民政権首相として支配を維持している。
 こうして、最近十数年のフィジーはバイニマラマの長期政権下で政治的な安定は確保できているかに見えるが、打ち続くクーデターや先住民優遇策を嫌ったインド系ビジネスパーソンの海外流出やクーデター後の経済制裁の影響から、経済の低迷が続く。
 そうした中、経済制裁に加わらない中国の経済援助的進出が目立つ。中国の着眼はフィジーの水産資源にあるとされ、すでに中国国営水産会社がバイニマラマ政権とのパイプを軸に展開している。こうした新動向は、中国の太平洋進出を象徴している。

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