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2017年5月19日 (金)

「無償化」の裏側

 憲法を改正して高等教育を無償化するという動きが急である。無償化の理念自体には大いに賛成である。だが、日本の高等教育は私学に多くを委ねてきた。その結果、私立大学(短大を含む)に在籍する学生の割合は8割に達するという。要するに、日本の学生≒私立大学生なのである。
 私学は授業料を収入源として成り立つ独立採算制の学校であるゆえに、経営者の教育理念に基づいた自由な教育が許される。これを無償化することは、倒産への道である。結局、日本における高等教育無償化は2割にすぎない国公立大学生向けのものとなる。
 ただ、国公立大学には「難関」が多いので、学生も全般に「優秀」とみなされている。かれらだけを無償とするなら、エリート奨学制度と化すだろう。国公立と私立の格差はいっそう広がることになる。全然平等ではない。もっとも、高校レベルで実施している私学向けの就学支援金のような制度によって授業料低減を図ることはできるが、これは本来の無償化とは異なる。
 ということで、日本で高等教育無償化は合理性を持たないと考えられる。なのに、突如無償化論が浮上したのは、9条改憲を急ぐ政権の思惑絡みとしか思えない。9条改憲と抱き合わせ販売の押し売りをしようという魂胆だろう。違うならお詫びするが、無償化論の裏側は冷静に見究めたい。

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