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2017年3月 5日 (日)

オセアニア―世界の縮図(連載第14回)

第二部 現況~未来

(3)ニュージーランドの独自位置
 オセアニアにおいて、オーストラリアと似た英国移民を中心とするヨーロッパ白人主体の歴史・文化、人口構成を持ちながら、しかしオーストラリアとは異なる独自位置を保持してきたのが、ニュージーランドである。
 ニュージーランドはオーストラリアとは異なり、移民制限的な白人優越政策を採らず、先住民マオリとの関係でも、差別はあったものの、民族浄化的な政策は志向されず、マオリの権利を擁護する施策が進んできた。
 しかし、両国の相違が明白に現れるのは、安全保障政策である。ニュージーランドもオーストラリアとともにアメリカとの太平洋安全保障条約に加盟しているが、1980年代のロンギ労働党政権は非核政策を追求し、核兵器搭載艦船のニュージーランド水域進入と寄航を禁じ、ニュージーランド領土・領海を非核兵器・非原子力推進艦艇地帯に指定するという世界でも徹底した非核政策を敷いた。
 これにより、アメリカは上記条約に基づく対ニュージーランド防衛義務を停止したため、ニュージーランドは事実上条約を脱退したに等しくなった。その反面、ニュージーランドは南太平洋非核地帯条約の旗手としての地位を獲得したとも言える。
 他方で、ニュージーランドはオセアニア域内でトケラウ島を領有し、クック諸島、ニウエを自由連合下に置くなど、小国なりの覇権主義的なプレゼンスも保持するなど、巧妙な外交安保政策を志向している。
 もう一つ、ニュージーランドを特徴づけてきたのは、北欧と並び第二次大戦前から建設された福祉国家としての側面であった。対外的には、第二次大戦後、戦争被害が甚大だった旧宗主国英国の思惑もあり、ニュージーランドが英国農産品の主要な輸出先として特恵待遇を受けたことから、英国市場との結びつきを利用して経済成長を遂げることができた。
 しかし、この特恵関係が英国のEC(現EU)加盟ととともに終了し、一転して経済的苦境に立たされると、80年代半ば以降は脱福祉国家のプロセスを歩んだ。最初に舵を切ったのは、先のロンギ労働党政権であった。労働党はまさにニュージーランド福祉国家建設の旗手であったのだが、自ら築いた遺産の切り崩しに着手したのである。
 このプロセスは90年代、明確に新自由主義的な保守系ボルジャー国民党政権に継承されて、一定の完成を見たが、結果は同様の改革を経た英国と同様の経済格差の拡大や貧困化の発現であった。
 99年に政権を奪還した労働党はクラーク首相(女性)の下で、再度福祉修復的な政策を志向するも、クラークは一方で、米中との自由貿易も推進するなど、新自由主義政策を放棄はしなかった。
 08年以降は再び国民党が政権党に返り咲き、脱福祉国家・新自由主義路線は既定的となっている。その結果、ニュージーランドは世界でも最も経済規制の少ない投資先と評価されており、そうした投資面での優位性で独自の存在感を発揮しようとしていると思われる。
 一方で、アジア系移民の制限を主要な公約とするニュージーランド・ファースト党が90年代以降台頭し、国民党政権と連立し、あるいは労働党政権に閣外協力する形で議会にキャスティングボート的な地歩を固めている。
 この党のピータース創立者兼党首は父方がマオリ系(母方はスコットランド系)という人物であり、アジア人排斥の一方でマオリの権利向上も主張するなど、党の立ち位置は複雑にねじれており、ここにもニュージーランドの特殊性が滲んでいる。

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