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2016年7月10日 (日)

私家版朝鮮国王列伝(連載第20回)

二十 李昰応・興宣大院君(1820年‐1898年)

 勢道政治に呑まれ、全く権能を発揮できなかった25代哲宗が1863年に没すると、転機が訪れた。まだ存命していた24代憲宗生母の神貞王后が動き、26代国王として、全くの王室傍流にあった李昰応の次男・高宗を即位させる。
 李昰応は22代正祖の異母弟の養子の四男という王室の遠縁で、血統上は16代仁祖の子孫に当たるが、すでに王族としての待遇はされていない一族の出自であった。従って、李昰応自ら王位に就くことはできず、その次男を神貞王后の養子とした上で即位させるという変則的な手法が採られたのだった。
 李昰応の一族は先述したように、王族待遇を受けていなかったため、青年時代の彼はならず者と交際するなどの無頼生活を送っていたが、実のところ、政治的な野心は隠し持っていたようで、さしあたり神貞王后に接近し、その評価を勝ち取ったことが、立身出世の契機となった。
 李昰応には長男もあったが、年少の次男に白羽の矢が立ったのは、そのほうが神貞王后‐李昰応ラインで操作しやすいと踏んだからであろう。この新体制では、李昰応が国王実父・大院君の立場で政治の実権を握った。
 実権を掌握した大院君・李昰応は正式の国王ではないものの、彼が実権者だった時期には、事実上国王を凌ぐ実質的な君主であった。彼の新体制には、改革的な要素と保守的な要素の二面性があった。
 改革的要素は主として内政面で、従来弊害著しかった勢道政治の一掃を図ったことである。最高機関である議政府を立て直し、勢道勢力以外からの人材登用を行なったほか、三政の紊乱を正すため、法典の整備や監察制度の強化なども断行した。
 他方で、王族を要職に就けて王室の権力を強化したほか、改めて国教・国学としての儒教を重視し、キリスト教を弾圧するなどの保守的な一面があった。
 しかし、大院君政治の保守的な一面が最も色濃く現れたのは、対外政策であった。この頃になると、ロシアやフランス、アメリカなど列強が朝鮮に開国を迫るようになってきたが、李昰応はこれをことごとく排撃する強硬方針で臨み、たびたび洋擾事件を引き起こした。
 李昰応の失敗は、勢道勢力排除の目的から、息子高宗の妃として、自身の正室の出身でもあった傍流門閥・驪興閔氏出身の閔妃を立てたことであった。彼女は野心家であり、次第に大院君と敵対するようになる。
 しかし、専制君主のように振舞う大院君に対しては、王室家長的な立場の神貞王后からも批判を受けるに至り、1873年、ついに大院君弾劾書が提出され、大院君は失権することとなった。
 代わって実権を握ったのは、高宗ではなく、閔妃であった。しかし、闘争的な李昰応の政治生命はこれで尽きることなく、ここからさらに二度の復権を果たすのである。
 一度目の復権は、1882年、壬午軍乱の時である。この政変は、閔妃体制が導入した新式軍隊に不満を持つ旧式軍隊の軍人らが主導したクーデター事件であったが、この際、大院君が担ぎ出される形で復権したのである。
 しかし、第二次大院君政権は清と結託した閔妃側の策略によって失敗に終わり、大院君は清国に連行、幽閉されてしまう。しかし、大院君はなおも復権を画策し、清から帰国すると、新興宗教の東学党に接近するという奇策に出る。
 1894年には東学党を主力とする甲午農民戦争を利用しつつ、閔妃と険悪化していた明治日本にも接近し、日本を後ろ盾に、二度目の復権を果たすのである。しかし、これは日本の傀儡に近い政権であり、たちまち日本との不和に陥り、短期間で失権させられた。
 すでに70歳を越えていた李昰応はなおも復権に執着し、ついには改めて日本と結託し、閔妃暗殺計画に加担することになる。彼は閔妃を排除して、孫の永宣君を新国王に擁立する計略を練っていたのだった。こうして閔妃暗殺は1895年、実際に起きたが(乙未事変)、直後に親露派の対抗クーデターが起き、李昰応の計略は砕かれた。
 乙未事変を機に、従来から不和だった高宗とも決裂、以後の李昰応は完全に政治の表舞台から退き、98年、その波乱に満ちた長い生涯を閉じた。彼は生涯正式の国王とはならなかったが、孫の純宗の時、国王に準じて大院王を追号されている。
 李昰応の治世の評価は分かれるが、政治的に無能な息子の高宗に代わり、衰退の一途だった朝鮮王朝を一時的に建て直し、延命した功績はあるにせよ、対外政策が保守的に過ぎたことや、晩年は野心的な嫁の閔妃との権力闘争に明け暮れたことで、その功績は相当に相殺されてしまったと言える。

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