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2016年4月30日 (土)

「地火庁」独立提言

 日本の気象庁は、その名称にもかかわらず、地震・津波の観測・予報まで担っている。しかし、そろそろこのような体制は見直したほうがよい。
 気象庁は5年前の東日本大震災でも予想される津波の規模を過小評価したし、先日の熊本地震でも「前震」と「本震」を識別できず、犠牲を拡大している。これらを「誤報」と断じることができるかは難しいが、気象庁の(ほとんど神秘的な)信頼性からして、その過小予報が犠牲を拡大する危険性は常にある。
 現行気象庁の体制では地震火山部という包括的な部署が、地震から火山、さらに津波の観測まですべてを管掌するというかなり大雑把な構制である。天の問題を専門とする気象庁が言わば副業的にこれら地の問題を扱っている印象は否めない。
 こうした無理な包括体制はこの際改め、気象庁から地震火山部を分離独立させ、人員も大幅に拡充したうえ、「地震火山庁」(地火庁)を設置すべきではないか。ただし、津波は地震とも関連はするものの、海洋問題でもあり、津波監視センターのような特化観測機関をさらに独立させるほうがなお望ましいかもしれない。
 「行革」に反する? 否、地震大国にあっては、スポーツ庁の新設が「行革」に反しないなら、「地火庁」はいっそう反しないはずである。

※例えば、米国では気象庁に相当する「国家気象局」(商務省管轄)と地震・火山の観測・警報に当たる「合衆国地質調査所」(内務省管轄)は完全な別立てとなっている。

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