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2015年11月29日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第18回)

17 病理性過失犯罪者の治療的処遇

 過失の原因となる不注意は、多くの場合一時的な注意散漫によって惹起されるが、それ自体が何らかの精神疾患の症状であり得る病的な注意散漫や意識障碍、認知障碍による場合もある。そのような過失によって犯罪を起こした者を、単純な過失犯罪者と区別して、病理性過失犯罪者と呼ぶ。
 そもそも過失犯は、本来の意味での「犯罪」には当たらないが、人身被害をもたらした場合に政策的な観点から犯罪化されているもので、過失犯に固有の治療的処遇があるわけではなく、過失の原因となった疾患の治療そのものが即、有効な再犯防止策である。

 この点、近年の犯罪情勢として、アルコール・薬物使用下での自動車運転事故が問題化している。相次ぐ重大事故への対策として、刑法に危険運転致死傷罪が新設されたことで、この種事案は過失犯から故意犯に転化した。
 これは、この種事案に対する過失犯としての処罰だけでは刑が軽すぎるとの批判に答えて、政策的に故意犯としての厳罰化がなされたものであり、アルコール・薬物使用下での自動車事故の本質が過失であることに変わりはない。つまり法律的な転化であって、医学的な転化ではないから、病理性暴力犯罪者への治療的処遇は妥当しない。
 重大事故を起こした者の場合、背景にアルコール・薬物依存症、またはその予備軍としてのアルコール・薬物乱用が隠されていることが少なくないと見られることから、処遇に当たっても、それら物質依存症・乱用の治療を実施しなければ確実に再犯を予防できない。

 もう一つ、近年の問題として、認知症高齢者による自動車事故がある。認知症は脳の器質的障碍に由来する症候群であり、その本質は神経変性疾患であって、精神疾患ではないが、中核的な認知障碍に加え、周辺的な行動・心理症状も発現することから、精神医学の対象範囲にも含まれ得る。
 認知症も進行段階によって様々なレベルがあるが、認知症が認められる過失犯罪者を実刑に処して矯正施設に収容することは、症状の悪化の可能性を含め、処遇上の困難を生じ、適切でない。そこで、認知症高齢者の過失犯に対しては、心神喪失を認めるか、少なくとも執行猶予を付して社会内処遇に置いたうえで、適切な医療と介護が受けられるように配慮されることが妥当である。

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