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2015年8月 2日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第8回)

7 治療的処遇と刑事責任能力

 治療的処遇について、これを法的な刑事責任能力の観点から改めて位置づけてみよう。現行日本刑法の刑事責任能力は、責任能力の程度に応じ心神喪失と心神耗弱という二段階の構成を採り、前者の法効果は無罪、後者は刑の必要的減軽と定められているが(刑法39条)、心神喪失/心神耗弱が認められるのは、レアケースにとどまる。
 それは、この二つの概念が極めて厳格に定義づけられており、是非弁別能力または行動制御能力のいずれかが欠如しているか、著しく減退している場合に限られているからである。従って、刑事被告人に何らかの精神疾患が認められても、多くの場合は完全責任能力とみなされることになる。

 しかし、このようなオール・オア・ナッシングに近い概念規定は医学的には妥当と言えない。そもそも責任能力は相対的な程度概念であるからには、心神喪失・心神耗弱といった分類概念によることなく、責任能力の程度に応じた法効果を定めるほうが合理的であろう。
 ただ、ここではひとまず現行法の分類概念構成に従うとしても、心神耗弱のさらに下位ランクとして、刑事責任能力が一定減弱している「心神減弱」といった概念を増設することが望まれる。この場合における法効果については、裁判所の裁量に基づく刑の任意的な減軽とすることが適切である。

 このような三段階の刑事責任能力体系によった場合、治療的処遇の対象に入ってくるのは、心神耗弱と認定され刑を必要的に減軽されたが、医療観察には付せられなかった者及び心神減弱と認定された者ということになる。量的には心神減弱者が大半を占めることになるだろう。
 心神減弱者の刑は任意的に減軽され得るが、減軽されなかった場合でも、心神減弱をもたらした精神疾患等が処遇上考慮されなければならない。

 疾患別に見ると、心神喪失・心神耗弱者には、重症の統合失調症や重度知的障碍が認められることが多いであろうが、心身減弱者の場合は、軽度の統合失調症や気分障碍、各種のパーソナリティ障碍が認められることが多いであろう。
 こうした心神減弱者は従来は完全責任能力者としてくくられ、その精神疾患の影響については等閑視されてきた。特にパーソナリティ障碍者は「変質者」などと俗称され、無反省な矯正不能犯罪者としてかえって死刑や無期懲役刑などの重罰に処せられることが多かったが、犯罪精神医学はこのような現況に科学的な風穴を開けるであろう。

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