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2015年4月26日 (日)

犯罪精神医学事始(連載第1回)

序説

 数年前、筆者は『犯罪と非処罰』なる連載において、犯罪→刑罰という現時点では圧倒的な「社会通念」とされている犯罪処理の図式に代えて、端的に言えば刑罰制度廃止論を展開した。これは、あらゆる種類の犯罪に対して、刑罰を科すことを止め、各犯行者の特性に応じた改善と更生のための処遇を与えるという構想であった。
 その前言でも述べたとおり、上記の構想が実現するのは相当遠い未来のことであり、当面はしばらく犯罪→刑罰図式が継続されていくであろうが、それにしても、この図式はすでに限界をさらけ出している。
 それは特に、病理性の強い犯罪事象の場合である。病理性犯罪は、犯行者の人格形成過程に根深い病理性が潜むために、犯行者に通常の刑罰を科しても感銘性がなく、その改善効果は薄い。いわゆる「懲りない犯罪者」である。そうした場合の便法として、死刑や終身刑が活用されるが、そのように犯罪者を抹殺・永久隔離する措置は実態としてはある種の保安処分であって、刑罰制度の敗北を意味するものである。
 しかし刑罰は究極的には犯罪によって侵害された法益の軽重と、惹起された結果の重大性に応じて重さが定まるため、被侵害法益が軽いものであったり、惹起された結果がさほど重大でなければ、いかに「懲りない犯罪者」であろうと、死刑や終身刑のような重刑に処することはできず、効果の薄い通常の刑罰に処するほかはない。
 というように、病理性犯罪に対しては、すでに刑罰制度は無力化していると言って過言でない。といって、刑罰制度の廃止は未来のこととすれば、当面は刑罰制度の枠内で病理性犯罪に対応していかざるを得ない。その際、基礎的な知見を提供するのが犯罪精神医学である。
 犯罪精神医学とは、まさに犯罪行為を精神医学的に研究する学術であるが、犯罪行為者の犯行心理のメカニズムを解析する犯罪心理学とは異なり、「医学」であるからには個別的な治療と集団的な予防とを目指す実践的な学である。

 とはいえ、現状犯罪精神医学というものは、ほぼ仮想的な学術にとどまる。日本でも、数ある医科大学の中で犯罪精神医学の講座と専任教授が置かれているところは、筆者の調べた限り皆無であった。外国はどうかといえば、犯罪精神医学の英訳criminal psychiatryで検索をかけても、ヒットせず、代わりにforensic psychiatryという用語がヒットする。
 forensic psychiatryとは、日本では「司法精神医学」と訳され、主として犯罪捜査及び刑事裁判の過程で刑事責任能力の有無・程度を鑑定するために行われるいわゆる精神鑑定の理論と実践に関わる学術である。このような司法精神医学については日本でも専門学会が存在しているが、医科大学に専門講座は置かれておらず、一般精神医学と司法精神医学が未分化なままである。
 この点、欧米の医科大学では一般的なpsychiatryとは区別してforensic psychiatryの専任教授が置かれることも多いらしく(詳細未調査)、一歩進んでいる。しかし、上述したように、criminal psychiatryという学術は欧米にあっても未確立のように見える。
 もっとも、forensic psychiatryの内容を拡大し、精神鑑定を越えて刑務所をはじめとする各種刑事施設内での治療や出所後の継続治療にも関わるのであれば、forensic psychiatryが実質上criminal psychiatryをカバーすることになるかもしれない。
 ただ、forensic とは本来「法廷の」という意味であり、forensic psychiatryではやはり「司法精神医学」というニュアンスが強い。言わば「心の法医学」であり、その中心的任務は法医学同様に鑑定となろう。これに対して、criminal psychiatryの任務は、以下のとおり臨床医学と社会医学の双方にまたがる広範なものとなる。

 criminal psychiatryの守備範囲のうち、臨床医学分野の中心的任務は病理性犯罪行為者の治療である。具体的には刑務所や少年院での個別的処遇計画の策定への医療的関与とそれに基づく治療的処遇(投薬を含む)の実践である。また例外的ではあるが、特定の犯罪を犯し心神喪失・耗弱と認定され、医療観察処分を受けた犯罪行為者の治療も含まれる。
 これに加え、臨床分野では犯罪被害者の被害回復治療も二本目の柱となる。犯罪被害は通常のショック体験とは異なる異常な出来事であり、その体験者はしばしば重篤な心的外傷を受け、場合により鬱病のような精神疾患を発症することもある。その治療は一般精神医学の応用でも可能であるが、犯罪被害体験を持つ患者の診療は医師にとっても非日常的であるので、一般的な精神科医では対応し切れず、犯罪精神医学の専門医が当たることが望ましいと考えられる。
 以上に対して、社会医学分野としては、従来からの鑑定実務が重要であることは言うまでもないが、そればかりではなく、今後は病理性犯罪の予防策という精神保健に関わる分野にも拡大されるべきであろう。病理性犯罪は発達の過程での問題性が大きく関わるため、幼児期から思春期にかけての適切な精神保健が重要であり、犯罪精神医学はそれに必要な知見を提供すべきである。
 さらに社会医学分野の任務として付け加えたいのは、犯罪事象をめぐる社会感情制御である。これについては後に詳しく論じるが、重大な犯罪事象をめぐっては、しばしば大衆の間にモラル・パニックと呼ばれるような集団パニック現象が惹起されることもあるが、このような社会病理現象は適切に制御されなければならない。これは感染症パンデミックの際にも必要とされる正確な医療情報の提供を通じた社会啓発の問題でもある。

 さて、以上縷々述べてはみたものの、もとより筆者は医学者ではない。医学者でもない者が医学について教説を開陳するなどおこがましいと思われるかもしれないが、前述したとおり、犯罪精神医学とは未だそれとしては存在しておらず、これから存在すべき学術である。既存の医学について素人が教説を垂れるのはおこがましいかもしれないが、これから存在すべき医学について語ることなら許されるのではなかろうか。
 それにしても、なぜ素人がそんなことをする必要があるのか。それは、究極的に刑罰制度の廃止と犯罪事象の科学的な処理体系の確立を望む者として、その目標へ向けて現状の枠組み内で可能的な知見の確立に初歩的な寄与をしたいとの願いからである。もちろん、これは表題のとおりほんの「事始」にすぎないので、最終的には専門の医学者に後を託して立ち去らなければいけないと心得ている。

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