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2014年6月29日 (日)

赤のアメリカ史(連載第12回)

四 保護政策への転換

「ドーズ法」の時代
 19世紀の民族浄化作戦も完了に近づくと、キリスト教的な「人道主義」の観点から、インディアンを「保護」しようとする潮流も生じ始めた。その基本的な考え方は、インディアンを小土地所有農民化することで、自給自足させようというにあった。このような思想には、「人道主義」の白人知識人のほかに、「文明化」の結果として生まれ始めていた一部インディアン知識人も加わっていた。
 そうした「人道主義」の上院議員ヘンリー・ドーズによって提案されたいわゆる「ドーズ法」は、新たな潮流の集大成となった。この法律では、従来のインディアン保留地を部族の共有地ではなく、インディアン個人の所有地に分割した上で割り当てることが目指されたのである。
 その当初の仕組みは、インディアン割当地を25年の期限付きで合衆国インディアン事務局に信託的に保留したうえ、譲渡・賃貸の自由を制限するというものであった。この割当地を除く土地は「余剰地」として国有地化された。
 実質的な保留地解体につながるこの法政策は、西部開拓の拡大と南北戦争後の黒人奴隷解放によって土地不足に陥っていた時節柄、保留地そのものを障害とみなす勢力にとっても、好都合なものとして歓迎されたのであった。
 これに対して、いわゆる「文明化五部族」など主要なインディアン勢力は反対したが、かれらも、93年に設置された「ドーズ委員会」によって、この法政策に組み込まれていった。
 結果は、表向きの「保護」とは裏腹のインディアン部族社会の解体であった。インディアンは保留地に囲い込まれても、誰の者にも属しないと観念された土地での部族共同生活を保持していたが、ドーズ法はこれを解体し、土地を個人化してしまったのであった。これによって共同体的絆は絶たれ、白人的な核家族化の傾向が生じていった。
 そのうえに、ドーズ法の下で割り当てられたインディアン所有地も、譲渡・賃貸制限が形骸化していくにつれ、売買契約観念の薄いインディアンの無知に付け込んだ白人不動産業者によって買い占められていき、インディアンは割当地さえも喪失していく。
 1901年に第26代大統領に就任したセオドア・ローズベルト大統領は、最初の年次教書の中で、ドーズ法を「先住民の集団を解体させる巨大なエンジン」と総括し、賞賛したが、この言葉には「ドーズ法」の真の効果が集約されている。

インディアン部族社会は伝統的に母系制であり、部族共同体において女性は政治的・社会的にも重要な役割を担った。しかし、ドーズ法は図らずしてこうした社会編成をも解体させ、当時のアメリカ白人社会にも浸透していた英国ヴィクトリア朝的な男女性別役割論に基づく核家族モデルをインディアン社会に注入した。これによって、世帯主である男性は農耕に従事し、女性は家庭で主婦として家事を担うということが理想とされ、女性の地位は従属的なものとなった。このような社会編成の根底からの改変は、今日に至るまでインディアン社会に禍根を残している。

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