« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014年1月

2014年1月31日 (金)

老子超解:第六十八章 大なる切断

六十八 大なる切断

男性性をわきまえつつ、女性性を守れば、天下の谷間(のように万物の中心)となる。天下の谷間となれば、不変の徳が(身について)離れず、嬰児(のような状態)に復帰する。
(吉の)白をわきまえつつ、(不吉の)黒を守れば、天下の範となる。天下の範となれば、不変の徳が(身について)違わず、無限の境地に達する。
栄光をわきまえつつ、屈辱を守れば、天下の谷川(のように万物の源)となる。天下の谷川となれば、不変の徳が(身について)充溢し、粗木(のような状態に)復帰する。
粗木を切り出せば、そのまま用具となる。理想の人(為政者)は、それ(粗木のような人材)を用いて役人の長とする。大なる切断は分割しないのである。


 
通行本第二十八章に当たる本章は、老子ではよく見られるように、主題を異にする複数の章句が対句的に重ねられている。
 前章に続き、第一段に見える谷間とか谷川といった谷の比喩は、老子が好んで用いるところである。哲理篇第五章では、がそもそも女性で表象されていた。老子によれば、谷は万物の中心ないし源の象徴である。そうした谷のような存在になることが、の体得なのである。
 冒頭、女性性の保持をそうしたの体得の条件としているのは、第五章にも見えた老子の女性性に対する肯定的な思想の反映である。同時に、男性性をも踏まえることにより男女の性差を超克しようとしているのは、「万物相同」の思想(第十一章)の表れでもある。
 第二段で吉の象徴たる白を踏まえて不吉の象徴たる黒を守ることをの体得への条件とするのも、同様に万物相同論の展開である。この第二段の趣意は難解だが、第三段で具体化される栄光と屈辱の超克と同趣旨であろう。
 第四段ではやや話題が急転し、人材登用法というすぐれて実践的な主題が扱われているが、ここでも「分割しない切断」とはやはり万物相同論に由来し、かつ行政論としての反セクショナリズムが示唆されている。
 最終第四段(及び為政者の心構えにも関わる第三段)の内容から、ここでは政論篇に布置したが、第四段を切り離した上、第三段までを哲理篇に含めることも可能であろう。

2014年1月29日 (水)

欧州経済展望

 欧州(EU)は全域のGDP規模ではすでにアメリカ合衆国一国を超えているが、「ヨーロッパ合衆国」は実現見通しが立たないことから、この数値は名目上の総計にすぎない。実際のところ、欧州随一の経済大国にしてGDPで世界4位をほぼ定位置とする基軸国ドイツが圧倒的な重みを持つ非対称な経済構造である。
 かくして経済主体としての欧州は成功しているとは言い難い。これはやはり19世紀以来の「ヨーロッパ合衆国」構想の行き詰まりに基因するであろう。この構想は、労働者・生活者の合衆ではなく、資本家・政治家・官僚の合資・連合を基礎とする表見的な「統合」にすぎないから、所詮は主権国家的分裂の枠を乗り超えられないのである。
 こうした止揚されないままの中途半端な「連合」が変わらないとすれば、債務問題が一段落して短期的には回復基調にある欧州経済の長期的展望は明るくない。
 欧州を構成する個々の国家内でも自慢の福祉国家システムの溶解と新自由主義への適応化が進んでいる。福祉国家モデル国の北欧・ベネルクス諸国を中心に「腐っても鯛」的な要素は残るとしても、総体としては欧州も米国型の格差経済社会へ順次移行していくであろう。

2014年1月27日 (月)

老子超解:第六十七章 謙下不争の指導

六十七 謙下不争の指導

大河や海が幾百の谷川の主たるゆえんは、谷川より低地にあればこそである。こういうわけで、民衆の指導者たらんとすれば、必ず言葉を謙虚にし、民衆の先頭に立たんとすれば、必ず我が身を民衆の後ろに置くのだ。
こういうわけで、理想の人は指導者の地位にあっても民衆は重荷と感ぜず、先頭にあっても民衆は障害と感じない。こういうわけで、万民は(理想の人を)喜んで指導者に推して厭わないのだ。(理想の人は)争わないからこそ、万民もその人と争うことができないのである。


 前章の主題・不争の徳を踏まえて指導者の立ち位置を説くのが、通行本第六十六章に当たる本章である。ただ、本章では不争そのものより前章でも人使いにすぐれた者の資質として語られていた謙虚さに重点がある。前段で大河や海の巧みな地理的比喩をもって語られるのが、それである。 

 凡百のリーダーシップ論とは逆に、老子流リーダーシップ論は前衛論でなく、後衛論によっている。このことは、哲理篇第四十二章でも老子が抱懐する三つの精神的な宝(三宝)の一つとして「後」が挙げられ、「後衛を捨てて直ちに前衛たらんとすれば、死あるのみ」と警告されていたところでもあった。
 こうした後衛的指導者―「無為の政治」の実践者―は、第六十三章にもあったように民衆からその存在を知られる程度だが、その分重荷になることもないというのである。謙虚な指導者は政争とも無縁である。

2014年1月26日 (日)

老子超解:第六十六章 不争の徳

六十六 不争の徳

すぐれた武士は荒ぶらない。すぐれた戦士は怒らない。すぐれた勝利者は戦わない。人使いにすぐれた者はへりくだる。これを不争の徳といい、他力を活用するといい、天に匹敵するという。遠い昔からの法則である。


 諸侯が天下取りを目指して相争う究極の競争社会であった
戦国時代を生きた老子の反時代性を象徴するのが、不争を説く通行本第六十八章に当たる本章である。ただし、老子の言う不争とは単なる観念的な非戦論・平和主義とは異なり、兵略や人材活用法のような政治実践にも応用可能な教えである。
 この点、兵家の孫子にも「戦わずして敵兵を屈服させることが、最高善だ」という有名な教えがあり、本章の内容とも重なるところがある。どちらがどちらに影響を及ぼしたか、あるいは偶然の交差かは不明であるが、老子の不争論は、当然にもかの無為という一般倫理に由来するものであるから、実用主義的な孫子思想とは基底が相違している。

2014年1月25日 (土)

老子超解:第六十五章 軽挙妄動の戒

六十五 軽挙妄動の戒

重いものは軽いものの根本であり、静かなものは騒がしいものの主人である。
静けさは騒がしさに勝り、寒さは暑さに勝る。(結局のところ)清らかな静けさこそ、天下の範となる。
こういうわけで、理想の人(為政者)は、終日旅をしても重い荷馬車を伴うのだ。また栄華な公邸生活をしていても、私室では静かに落ち着いているのだ。どうして大国の主たる者が我が身を天下より軽々しく扱うことがあろうか。
軽々しいと根本を失い、騒がしいと為政者の地位を失うのだ。


 通行本第二十六章の本章では、為政者の軽挙妄動を比較的平明な言葉で戒めている。だたし、
第二段は本来第四十三章(通行本第四十五章)の末尾に置かれる章句であるが、内容上は本章との関連が深いため、評者があえて本章へ移置したものである。
 第三段では為政者の公私の区別も主題とされているが、自愛を為政者の条件とする前章の内容を受けて、公生活よりも私生活の重要性が説かれるのは儒教との差異である。ここでの私生活とはもちろん為政者にしばしば見られる華美豪奢な生活ではなく、老子的な意味での自愛に基づくどっしりと重く静かな生活のことである。
 また公生活でも第三段に重い荷馬車を伴っての旅とあるのは、軽々しい外遊を避けるべきことの戒め、ひいては縦横家的な外交策略への戒めと読めるところである。

2014年1月23日 (木)

日本経済展望

 昨年から急速に復調してきた日本経済の短期展望は―天災地変や世界規模の経済危機に再び見舞われない限りであるが―、向こう数年はおおむね良好であろう。
 ただ現政権の成長政策は高度成長期のような全般的な底上げ政策ではなく、頭上げ政策、すなわち大資本・富裕層を徹底して伸ばすことで成長軌道に乗せるというものである。それは米国型の大きな貧富格差を伴う経済社会への道となるが、グローバル資本主義の大競争時代にはその道しかないという意味では、必然的である。
 それで当面の経済収支を良くすることに成功したとしても、長期的に見れば、日本経済はすでに全盛期を終えた衰退期にある事実に変わりはない。世界でも例のない超少子超高齢化が進む結果として労働力不足を来たし、生産活動も停滞するだろう。
 元来―明治維新以来と言ってよかろう―、日本は生産活動の規模を追求し、その還元としての社会サービスは抑制する途上国型経済発展を極限まで遂げることで「成功」したのであるが、長期的には得意の生産規模でも低落し、GDP基準で後続のドイツに抜かれる可能性も否定できない。
 ドイツ(統一前の旧西独)は日本が1968年に当時のGNP基準で抜いて米国に次ぐ第二の資本主義主要国に躍り出た競争相手でもあったが、再び後塵を拝することになるかもしれないわけだ。

2014年1月19日 (日)

老子超解:第六十四章 為政者の条件 

六十四 為政者の条件

(人々は)名誉と恥辱に大騒ぎする。それは(人々が)煩悩を我が身のように貴ぶからである。
名誉と恥辱に大騒ぎするとはどういうことか。名誉を上とし、恥辱を下とし、これを得たと言ったは大騒ぎし、失ったと言っては大騒ぎする。こういうことを名誉と恥辱に大騒ぎするというのだ。
では、煩悩を我が身のように貴ぶとはどういうことか。私に煩悩があるわけは、私に身体があるためである。私に身体がないとしたら、私に何の悩みがあろうか。
だから、自身を貴ぶように民衆を(貴び)治める人にこそ、天下を託すことができる。(言い換えれば)自身を愛するように民衆を(愛し)治める人にこそ、天下を委ねることができるのである。


 第四段がなければ、通行本第十三章に当たる本章は哲理篇に収めてもよい内容を持つ。第三段までは専ら煩悩(原語は「大患」)について説かれているからである。

 特徴的なのは、仏教のように煩悩を否定的にとらえるのではなく、身体論と結びつけてこれを容認的にとらえていることである。第三段で説かれているように、身体あっての煩悩だという。老子的身体とは、第四十七章で見たようにの体得の起点であると同時に、煩悩の発生源でもあるのである。
 もっとも、ここで言う身体とは物質的な身体そのものというよりは、それを基盤としながらも、日本語の「身(み)」―実際、原語は「身」一語である―に近い精神化された身体である。老子の身心論は身体と精神の二元論ではなく、身心二元論を超克する身心論だったからである(第三十三章参照)。
 最後の第四段は、そうした身心論を踏まえつつ、理想の為政者の条件として、自身を貴び、愛するように民衆を治めることを説いている。
 一般化すれば自愛から他者の尊重へということで、自身を起点とする老子的な倫理観である。もちろんここで言う自身を貴ぶとは、陶酔的な自己愛ではなく、まさに老子的な意味での身を大切にするということである。

2014年1月18日 (土)

老子超解:第六十三章 為政者の等級

六十三 為政者の等級

最上の為政者は(無為の政治を行うので)民衆にその存在を知られる程度である。その次(次善)の為政者は(善政を施すので)民衆に親しまれ、ほめたたえられる。その次の(凡庸な)為政者は(恐怖政治を敷くので)民衆に畏れられる。その次(最低)の為政者は(暗愚のため)民衆に軽侮される。
(為政者が)民衆を信頼しなければ、民衆に信頼されないことになるのだ。
(為政者が)悠然として言葉を貴べば、政治的な功業が成し遂げられても、民衆は自然にそうなったと言うであろう。


 
通行本第十七章に当たる本章から先は、為政者の条件や心得に関するすぐれて実践的な章がしばらく続く。一見浮世離れしているかに見える老子の意外な現実的関心が現れる箇所である。
 本章第一段は、為政者を独特の視点で格付けする点でとりわけ興味深い。出色なのは、善政を施す為政者が次善と評価されるところである。おそらくこれは儒教に基づく政治を示唆するものであろう。
 当然ながら、老子にとって最上の為政者はに基づく政治―無為の政治―を実践する者である。その場合、為政者はことさらに善政を施そうとはしないから、民衆はその存在を知ってはいても、特段称賛もせず、功業が成っても、それを自然なことと受け止めるという。これは政治指導者にカリスマ性を求めるような政論とは対極にある為政者論である。
 なお、三番目の凡庸な為政者による恐怖政治とは、おそらく法家思想に基づく厳格な社会統制の政治を示唆しているであろう。
 法家政治は暗愚の為政者による失政よりはましとはいえ、その次にランクされる悪政なのである。それは民衆を信頼しない政治であるから、民衆を信頼しない為政者は民衆からも信頼されないというのである。

2014年1月16日 (木)

米国経済展望

 晩期資本主義にあっても、米国経済が首位の牽引役であることはしばらく変わりないだろう。ただ、米国経済にも往時の圧倒的な勢いは見られない。2008年大不況のダメージは大きく、米国経済の象徴だった自動車や金融はもはや相対的な優位性を持つにすぎない。
 ポスト大不況の米国経済が活路を見出そうとしているのは、シェールガスに代表される天然資源である。人間でなく、―米国流に言えば―神が創り給うた物質に頼ろうというわけだ。工業資本主義から資源資本主義へのこうしたシフト―退行―は、米国経済が途上国型に変化することを意味しており、先進国・米国主導の資本主義全盛時代の終焉を画する事象とも言える。
 もう一つ、米国経済の活路として、農業がある。元来農業大国であり、旧ソ連の農業集団化も及ばぬ資本主義的大規模集約農業が営まれてきた強みをさらに伸ばし、遺伝子操作のテクノロジーを駆使したいっそうの農業資本化が推進されるだろう。これも農業経済への依存を高める点では、途上国型経済への退行ではある。

2014年1月12日 (日)

スウェーデン超小史(連載第2回)

一 スウェーデン建国

曖昧な建国過程
 北欧バイキングは、原郷にあってはゲルマン民族共通の伝統に従い、立法・司法機関を兼ねた民会(シング)と選挙に基づく族長制の下、氏族ごとにまとまっており、統一国家は長く形成されなかったと見られる。
 そうした中、バイキング活動はおおむね9世紀から10世紀にかけて順次終息していく。この頃には、バイキングの襲撃を受けていたイングランドやフランスで、バイキング勢力の自国領内定住を促す動きも広がり、フランスのノルマンディー公国のような強力な封建的自治国家も出現した。
 一方、北欧本国でもキリスト教の伝来・普及に並行する形で独自の国作りが開始されていく。ただスウェーデンの建国過程は半ば伝説化されており、曖昧な点が多い。そもそも当初はスウェーデン、ノルウェー、デンマークの北欧三国の境界も曖昧で、混沌としていたのである。
 スウェーデン最初の王とされるのは10世紀末のエリク王(勝利王)であるが、半ば伝説的存在であり、一応実在が確証できるのはエリクの息子オーロフ(シェートコヌング)である。オーロフ王はノルウェー王と戦い、領土を広げるとともに、自らキリスト教の洗礼を受け、スウェーデン南部の町スカーラに司教座を設置し、キリスト教国家としての最初の土台を作った。
 このエリク‐オーロフの出たムンセー王家は中部ウップランドを基盤とする氏族であり、スウェーデン最初期の中心地がウプサラ付近にあったことを示している。

王権抗争期
 ムンセー王家はオーロフ王の庶子エームンド王(老王)を最後に途絶え、1060年にエームンド王の義理の息子ステンキルが王位に就き、ステンキル朝が始まる。ステンキルは南部のエステルイェートランドの出身と見られ、ここで南部の氏族が王権を掌握することになる。
 ステンキル朝は12世紀前半まで続き、同じエステルイェートランド出身のスヴェルチェル1世に始まるスヴェルチェル家が新たな王家となる。しかし、この頃から13世紀半ばまでは、スヴェルチェル家とエリク9世(聖王)に始まるエリク家の二大氏族による王権抗争が続く。
 この時代のスウェーデンは半独立状態の地域首長の連合体という従来の分裂状況からようやく統一へ向かっていたが、スウェーデン王位は伝統的に選挙制のうえ、王権も制限されており、なお安定しなかった。
 そうした中、エリク家の祖エリク9世(聖王)は1154年から55年にかけて、いわゆる北方十字軍の一環としてフィンランド遠征を敢行し、フィンランド南西部のキリスト教化を進めたとされる。
 当時のフィンランドには非ゲルマン系のウラル語族に属するフィン人が居住していたが、未統一の部族制下にあり、スウェーデンの侵略に対して無防備であったため、スウェーデンの征服活動は容易であった。
 13世紀に入っても、スウェーデンのフィンランド遠征は続き、ノヴゴロド公国―かつてスウェーデン・バイキングが建国に関わったキエフ大公国から分離した―との国境線が画定された14世紀前葉までに、スウェーデンのフィンランド征服がほぼ完了する。
 これによって、以後19世紀初頭に至るまで、フィンランドを含み込んだスウェーデン領土(スウェーデン‐フィンランド)が出現するとともに、キリスト教と結びついた王権も強化されていく。

ビェルボ朝の成立
 スウェーデンの王権抗争期は1250年、やはりエステルイェートランド出身の有力氏族ビェルボ家のヴァルデマールが王に選出されて、一つの区切りがつく。
 ヴァルデマールの父で同家の実質的な祖ビルイェル・ヤールは13世紀前半、実力者にのし上がり、首都ストックホルムの建設を主導するとともに、フィンランドへの十字軍遠征を再び敢行し、領土拡張にも貢献した。ヴァルデマールはこうした強力な父を背景に王位に就いたのである。
 ビェルボ朝は内紛を経ながらも、以後1364年に至るまで、一応スウェーデンの世襲王朝としての地位を確立し、14世紀に入るとノルウェー王も兼務するようになる。
 この時代は、西欧史上は封建制に特徴づけられる中世に当たるが、スウェーデンでは封建制の発展はあまり見られなかった。1280年には公式に貴族制が導入されたが、スウェーデンの貴族は世襲の封土を持たない大地主であり、初めからブルジョワ的な性格を持っていた事実は、その後のスウェーデン史を大きく規定するであろう。
 とはいえ準封建的な貴族制の発達はようやく強化されてきた王権を再び弱め、14世紀のスウェーデンでは王と貴族層の間の政争が激化し、王国の弱体化を招いたのであった。

dangerスウェーデンのフィンランド支配は、北欧における植民地主義という負の歴史を象徴している。しかし12世紀から19世紀にまで及ぶ長い支配の間に、フィンランドのスウェーデン化は進み、現在でも多くのスウェーデン系フィンランド人が存在するほか、スウェーデン語は公用語の一つである。これはスウェーデンの支配が近代の帝国主義的植民地支配―フィンランドでは19世紀以降のロシアの支配がそれに当たる―以前の前近代的植民地支配であったことが影響しているかもしれない。

2014年1月11日 (土)

老子超解:第六十二章 政教帰一

六十二 政教帰一

道によって政治に臨めば、鬼神も霊力を失う。鬼神が霊力を失うにとどまらず、霊力が人を害しない。霊力が人を害しないにとどまらず、理想の人(為政者)もまた人を害しない。そもそもどちらも人を害しない。だから(鬼神と為政者の)徳が互いに帰一するのである。


 老子全篇の中でも通行本第六十章に当たる本章は、特異かつ難解な章である。孔子は「怪力乱神を語らず」として、神については黙したのであったが、老子は神について語ることを臆しない。それは哲理篇第八章でも見たように、無神論でも汎神論でもなく、を神より先行的なものと措定する独特の言わば超神論であった。

 本章ではそうした基底を踏まえて、政治と宗教の関係について説いている。それは近代的な政教分離論とはもちろん異なるが、古代には一般的であった祭政一致とも異なる言わば祭政帰一論である。
 形式的儀礼を否定する老子からすれば、祭政一致は悪しき儀礼政治にすぎない。老子によれば、に基づく政治こそ、鬼神と為政者双方の無害化と、を介した政教の相互帰一が実現されるのである。これは弁証法とは異なる思考法による政教対立の超克と評することができるかもしれない。

2014年1月 9日 (木)

新興国展望

 晩期資本主義の主役は、すでにまさしく晩期に入った先発国ではなく、新興国である。従来、そうした新興国グループの先駆的な牽引役として驀進してきた中国経済の高度成長は一応一区切りついた形である。ここからは長期下降期―婉曲話法によれば、安定成長期―になる。
 中国に続く新興国ではまだ伸びしろが残されており、順次高度成長期に入っていくだろう。だが、中国のような一党支配体制を採らない限り強力な国家主導の集中的経済成長は実現しないし、途上国的体質を残した多くの新興諸国では政情不安や汚職、社会保障によって補正されない所得格差、それを温床とする犯罪の蔓延などの政治経済的諸問題―中国にも一部共通する問題―を積み残したままの粗野な経済成長となるため、先発国ほどの社会的成熟を示すこともないだろう。
 それらの新興国が軒並み下降期に入っていく頃、資本主義はいよいよ終末期を迎えることになる。それまでまだ相当の期間が残されているから、その間、新興国は投資対象として最後のフロンティアを提供するだろう。

2014年1月 5日 (日)

老子超解:第六十一章 反和解

六十一 反和解

深刻な紛争を和解させようとしても、必ず火種が残る。そんなことをどうして善とみなせようか。こういうわけで、理想の人は手形を握っていても支払いを求めない。徳のある者は手形を司り、徳のない者が取り立てを司るのだ。自然の法則はえこひいきせず、常に善き人に味方するものである。


 前章が老子流刑事司法論であったとすれば、通行本第七十九章の本章は老子流民事司法論である。
 ここでは和解の無効性を説いている。和解は通常、裁判官のような第三者が紛争に介入して両当事者を引き分けに持ち込む司法技術であるが、老子は死刑と同様、こうした人為的な和解にも否定的である。末尾にあるように、ここでも自然が衡平さを取り戻してくれるというのである。

 徳のある者は手形を握りつつ支払いを求めないという箇所は、ローマ法に起源を持ついゆわる「自然債務」を思わせる議論として、興味深い。老子にあっては、訴求力と執行力を伴う通常の債権・債務関係ではなく、おそらく自然債務のような任意の関係性こそが民事法論の基本にあるのであろう。
 なお、末尾で自然が味方するという「善き人」とはいわゆる善人ではなく、(法的に)正当な人というくらいの意味であろう。理想の人―自然の法則を体得した人と言い換えてよい―は善からぬ人もまた救うとされていたからである(第四十五章参照)。

2014年1月 4日 (土)

老子超解:第六十章 反死刑

六十 反死刑

民衆が死を畏れなければ、いかにして死によって民衆を萎縮させることができようか。もし民衆をして常に死を畏れさせれば、私は(統治者として)凶悪犯を殺すこともできようが、誰があえてそんなことをしようか。常に殺を司る者があって殺してくれるのだから。そもそも殺を司る者に代わって殺すのは、名工に代わって木を削るに等しい。そもそも名工に代わって木を削っても、手を傷つけるのが落ちだ。

 
 
通行本第七十四章に当たる本章の主題は、死刑(あるいは広く刑罰)である。一読してわかるとおり、老子は死刑に否定的である。
 興味深いことに、今日世界一の「死刑大国」たる中国にあって、古代哲学の二大潮流の祖たる孔子と老子はともに死刑に否定的であった。ただ、両者の反死刑論は観点が異なる。
 孔子の場合、「教えずして殺す、これを虐という」という言葉に象徴されるように、「教育されていないために犯罪に走った者を死刑に処することは、むごい」という仁愛的な観点からの反死刑論であった。
 他方、老子の場合は、本章で名工の比喩を用いて説かれるとおり、殺を司る者―すなわち自然に代わって人間が死刑を司ろうとしたところで誤判を生じるだけだという冤罪論からの反死刑論である。
 そもそも老子は刑罰の威嚇力に頼る法家思想に否定的であり、冒頭の一句は究極の刑罰たる死刑の威嚇力そのものに異を立てるものである。仮に死刑に威嚇力があるとしても、冤罪は避けられないという周到な二段構えの議論が展開されている。

2014年1月 1日 (水)

「堅実成長」の年

 黒田日銀総裁によると、2014年日本経済は「堅実成長」の年だという。現黒田日銀は政銀一体路線であるから、こうした政治的婉曲話法が使われる。要するに、高成長は望めないということである。
 これは当然のことで、日本経済は人間で言えば、成長期をとうに過ぎた熟年である。これ以上背を伸ばせと言われても無理なのである。身長より精神を成熟させるべき時だが、いまだに成長期の思い出を反芻している日本支配層は高度成長をもう一度とばかりに六年も先の第二回東京五輪に淡い期待を抱いている状況である。
 とはいえ、ひとまず長期デフレからは脱し、擬似的な成長局面が今年以降しばらく発現する可能性はあるが、それは最後の線香花火といったところである。であればこそ、ここで取れるものは取っておくという発想で、向こう六年ほどは個人にとっても投資好機と言えるだろう。
 だが、それもその間に再び大震災のような突発的地変がないという前提でのことであるが、いつ起きてもおかしくない想定大地震をいくつも抱える日本の投資環境リスクは意外に高いということも計算に入れておかねばならない。  

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31