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2013年8月14日 (水)

神を科学する

 科学の余白の中でも最大の難問は、神の問題であろう。この点、神の存在/不存在証明については、古くから盛んに論じられてきたが、これまでのところ神の存在が物理学的に実証されたことはないので、少なくとも神の存在性が科学的に証明されているとは言えないだろう。
 ただ、反対に神の不存在が証明されたとも言えないが、元来不存在証明は不能な証明であるから、不存在証明の欠如をもって、神の存否は不明と結論づけることはできない。
 こうした存在/不存在の問題とは別に、神という事象そのものの科学的探究は、それ自体が宗教上のタブーに触れかねないため、正面から行われていない。
 実際のところ、神とは何なのだろうか。おそらくは複雑な人間の脳が作り出す精神作用の一つなのであろうが、それを解明できた試しはなく、今後も無理かもしれない。だが、憑依のような現象であれば、脳科学的にも説明可能であろう。憑依を超えて、神という事象自体がいかにして生じるのかはなお不明である。
 おそらく神を科学するという営為がタブーなく可能となるのは、宗教的な縛りが最終的に解けた相当に遠い未来のことになるであろう。それまでは、神は科学の余白として最大限の慎重さをもって保存されるべきである。

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