« 神を科学する | トップページ | 老子超解:第三十五章 余食贅行の戒 »

2013年8月16日 (金)

老子超解:第三十四章 持満の戒

三十四 持満の戒

いつまでも何かを満(盈)たし続けることは、やめるに限る。鍛えて何かを鋭くしても、長くは続かない。金品を家中に満たしても、それを守り通せるものではない。富裕であることを驕れば、自ら禍根を残す。
功を遂げても身を退くのが、自然の道である。


 
老子には生活・処世訓を戒めの形で表現する章がいくつか見られるが、通行本第九章に当たる本章はその典型的な章である。ただし、老子における戒めは宗教的な「戒律」とは異なり、律法性を有しない箴言の性格を持つにとどまる。
 本章は、前章で展開された「知足」と関連する箴言であるが、「満たすこと」自体ではなく、「満たし続けること」の危険性を警告していることからもわかるように、「知足」は「禁欲」と同義ではない。この点、老子の「知足」はエピクロス派のキーワード「アウタルケイア」に近いと言え、ストア派の禁欲主義とはへだたっている。
 その意味で、老子には「東洋のエピクロス派」と呼ぶべき一面があるが、老子の「知足」は前章で明瞭に説かれていたように、身体的充足に核心があり、この点では心の平安=「アタラクシア」を理想とするエピクロス派とも袂を分かつのである。
 従って、末尾の「身を退く」も、エピクロス派の生活信条「隠れて生きよ」のような隠棲のすすめとは微妙に異なるのであるが、このことについては後の章で改めて説かれるであろう。

« 神を科学する | トップページ | 老子超解:第三十五章 余食贅行の戒 »

〆老子超解」カテゴリの記事

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31