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2013年7月24日 (水)

科学と疑似科学・似非科学

 疑似科学は科学の言わば影武者のように、科学に寄り添ってきた。そもそも科学と疑似科学の差自体、相対的である。
 科学的な仮説はおろか、従前の科学的通説の完全なる誤りが論証され、根底から覆されれば、旧通説は事後的にではあるが、ある種の疑似科学であったことになる。
 その意味では、疑似科学を単純に嘲笑することはできない。疑似科学なくして科学的発展なしとさえ言えるかもしれない。
 これに対し、初めから科学の衣をまとっただけの似非科学もある。例えば血液型性格分類などはそうした例であろう。
 似非科学は外見上科学に見えても明らかに科学的原理に反しているので、「疑似科学」ですらなく、その正体は民間迷信やある種の神秘思想である。この意味では、一応現時点で正しい科学的原理に明確に反しているとは言えない疑似科学と反している似非科学とは区別されるべきである。
 ではこうした似非科学は何ら意味のない妄言にすぎないのかと言えば、案外そうでもない。似非科学はそれを巡って一つの科学的論争の手がかりとなることもあり得るし、なぜそうした似非科学が発生したのかを「科学的」に考究する対象ともなるからである。
 そうした意味で、似非科学も科学的な論議の一つの活性化要素としてとらえるべきで、無下に一蹴するべきではないだろう。

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