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2012年10月19日 (金)

マルクス/レーニン小伝(連載第8回)

第1部 カール・マルクス

第3章 『資本論』の誕生

(4)主著『資本論』をめぐって

誕生の経緯
 前回述べたように、『政治経済学批判』は売れなかった。「出版の継続は第一分冊の売れ行きにかかっている」。出版直前の知人宛て書簡でマルクスはそう言っていた。商品交換経済を批判的に解析しようというマルクスが商品としての本の売れ行きに将来をかけなければならない皮肉もまた、資本主義的現実なのであった。
 売れなかった大きな理由の一つはマルクスが大学・学界に属する講壇経済学者でなかったことにある。元来マルクスは経済学専攻者ではなく、経済学に関しては門外漢であったから、彼を「経済学者」と呼ぶのは適切でない。実際、先に見たように、彼の「政治経済学批判」も決して新しい経済学体系の構想ではなかったのである。講壇経済学者たちの「黙殺」も当然であった。
 しかし、それ以上にマルクスを打ちのめしたのは、彼が最も伝えたかった同志たちの間でも理解されなかったことである。彼は出版後の知人宛て書簡の中でそのことを恨めしげに書いている。大学・学界に属する権威筋の学者でなく、プロレタリア革命の理論家であるマルクスが自身の理論を最も伝えたかったプロレタリアートに届かなかったことは大きなショックであった。
 その理由はもちろん悪意による「黙殺」ではなく、マルクス理論の難解さにあった。そしてこの難解さゆえの無理解は、後に主著『資本論』ではより成功を収めた後もついて回る―今日に至るまで―マルクス的事象なのであった。
 このような事情から、マルクスは当初の全六部構成の刊行計画を見直さざるを得なくなり、資本に関する第一部のみにしぼって改めてまとめ直すこととし、さらに8年の歳月をかけて研究を進めていった。その間、彼は国際労働者協会の結成に関わり、新たな政治的実践を始めたほか、フランス第二帝政(ルイ・ナポレオン政権)のスパイであったカール・フォークトなる人物による中傷宣伝への対応にも追われるなどしたが、ついに1867年、新たな企画による『資本論』第1巻が世に出ることになった。
 しかし予定されていた第2巻以降は結局、マルクス生前に刊行されることはなかった。第2巻・第3巻はマルクスの遺稿を整理・編集したエンゲルスの手でマルクスの死後公刊され、第4巻はエンゲルスの手も及ばず、20世紀に入ってエンゲルス晩年の弟子であったカール・カウツキーによって別本(邦題『剰余価値学説史』)として編集・公刊された。

『資本論』第1巻の意義
 エンゲルスは主著『空想から科学へ』の中でマルクス最大の「発見」として唯物史観と剰余価値とを挙げているが、このうち特に剰余価値論を中心的に打ち出したのが『資本論』第1巻(以下、単に『資本論』という)であった。
 エンゲルスによれば、剰余価値こそ資本主義生産様式とそれによって生み出されたブルジョワ社会の特殊な運動法則にほかならないのであり、マルクス理論を「科学」たらしめる基本概念とされる。しかし結局のところ、この概念はいわゆる「マルクス経済学」の世界を除いては正規の経済学概念として受容されることはなかった。なぜであろうか。
 マルクスが「発見」したとされる剰余価値とは、彼の経済学研究の出発点をなす『経済学・哲学草稿』ではごく常識的に資本による労賃節約として説明されていたものを、より「科学的」に突き詰めて、資本は労働者をしてその生活費(及び繁殖費)をまかなうための必要労働分(例えば4時間労働分)を超えて働かせること(例えばさらなる4時間労働分)を通じて、すなわち剰余労働によって生み出された剰余価値を搾取していると説明し直したものであった。
 この場合、資本としては労働者に必要労働と剰余労働合わせて8時間労働を課しながら実際上は必要労働分の4時間労働相当分の賃金しか支払わず、残り4時間分については実質上タダ働きを強いている。よってこの設例では搾取率(剰余価値率)は四分の四すなわち100パーセントという丸取り的搾取が行われていることになる。言い換えれば、労働力商品の買主たる資本家はこの労働力商品本来の価値(4時間労働分の賃金相当額)を超えて酷使しているのである。
 こうした場合も、通常の資本家(経営者)の意識の上では賃金を抑えて人件費を節約しているにすぎないのであるが、マルクスはこれを「科学的」に解析して、資本はより積極的に剰余価値の生産を基本として回っていることを「発見」したと信じたのである。『資本論』の中で、マルクスは「資本の一般的な必然的傾向性はその現象形態とは区別されなければならない」と指摘する。
 マルクスのこのような方法論は、あたかも現象的には不可視の深層構造を学理的な解析によって析出してみせようとする後の「構造主義」の先駆けのようでもあるが、まさにそこに死角があった。彼が「発見」したと信じたものは、実は錯覚であった―そう言って悪ければ学理的なオーバーランであった。
 たしかに労働力は常に資本によって安く買い叩かれるが、それは人件費の節約という経営実務家の経験的意識で説明したほうが真実に近いのである。ただ、節約によってそこに消極的な価値(利得)が生じることは事実であるが、これを積極的な価値(利得)として「発見」してしまったところにマルクスのオーバーランがあったのである。
 資本は搾取によって積極的に剰余価値を生産し、その一部を蓄積することで自己を増殖するというよりは、搾取による消極的な節約利得が十分留保されるような価格で商品を売ること―また他の必要経費をも節約すること―で自己を維持・拡大していくのである。
 では、この主流派経済学においてはほとんど顧みられることのない剰余価値の概念は全く“無価値”なのかと言えば、決してそうではない。この概念は資本と労働の関係を単に経済的なものから政治的なものへと変換するうえで有効なのであり、その意味では剰余価値は政治学的概念であると言ってもよい。
 実際、マルクスはまさに『資本論』の中で「資本は自己の労働者に対する自己の専制を、他のところではブルジョワジーがあれほどに愛好する分権もそれ以上に愛好する代議制もなしに、私的法律として自分勝手に定式化している」と指摘しているし、より大きくは「アジアやエジプトの諸王やエトルリアの神政官などの権力は、近代社会では資本家の手に移っているのであって、それは彼が単独の資本家として登場するか、それとも株式会社におけるように結合資本家として登場するかにはかかわらない」とも述べて、資本(家)と労働(者)の関係をまさに政治的にとらえようとしている。
 こういう一見独特な把握の仕方の背後には、政治的なものの出発点を労働の場における階級闘争に置こうとするマルクスの視点が控えていることは容易に見て取れるであろう。剰余価値、あるいはもっと端的に搾取は、そうした階級闘争の動因の擬似経済学的な表現にすぎないとさえ言えるのである。
 むしろ『資本論』の社会科学的な真の貢献は剰余価値論よりも、それが労働経済学ないし労働社会学の先駆けをなした点にこそある。実際、この本の表題は『労働論』と改題してもおかしくないほど、「資本」と同等かそれ以上に「労働」を主題としている。そしてマルクスが『資本論』を通じて確立した「労働」そのものと区別された商品としての「労働力」、そしてその労動力商品の売り手たる労働者と買い手たる資本家が相対する「労働市場」という想定などは、今日マルクスに反対したり、完全に無視する論者によっても普通に用いられているところである。
 いずれにせよ『資本論』はマルクスの主著でありながら、前著『政治経済学批判』と同様に難解であり、一般向けの本とは言えない。そのうえに、第2巻以降は他人が編集しての死後出版となった。そのため、後世「マルクス主義者」を自称した人々の間でもいったいどれだけ人がこの『資本論』全巻を細部まで読み込んで完全に理解し得たか甚だ疑わしいのである。
 おそらく『資本論』はまだ完全に読み込まれていない。その中にはまだ十分に掘り尽くされていない可能性の原石が埋まっていると推定されるのである。

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