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2012年9月16日 (日)

老子超解:第十章 無の効用

十 無の効用

三十本の棒が車輪の中心部を共有している。その中心の空間から車輪の効用が生ずる。粘土をこねて容器を作る。その中心の空間から容器の効用が生ずる。戸や窓をくり抜いて部屋を作る。その中心の空間から部屋の効用が生ずる。
こうして、有の利益は無の効用によっているのである。


 
通行本で第十一章になる本章は、前章を受けて「無」の効用を具体的に説いていると一応は理解できる。しかし、本章で語られる「無」と前章で語られた「無」との間には内容的な齟齬がある。
 前章で語られた「無」とは「何も無い」のではなく、「何かが在る」のであった。ところが、本章では、車輪の軸穴、容器の内側、部屋の空間というように、「何も無い」部分の物理的な効用が強調されている。そのため、どうも本章は「無」に関する老子本来の言表を離れて、俗流的な理解が生じた後世に付け加わった章ではないかとも思えてくるのである。
 ただ、前章とどうにか整合性を保ち得る読解を試みるとすれば、例に挙がっている三つの「無」はいずれもただ単に「何も無い」のではなく、各々が車輪、容器、部屋という有形の物の不可欠の部分を成すことによって実用的な効用を発揮するものであることを言わんとしていると解することができるかもしれない。
 それにしても、このような説示的言表は、あのぼんやりとしてとらえどころのない物象としての=「無」のイメージを離れ、個物に現れる「無」の効用を功利主義的に語りすぎる点で、個物に対する探求を中止すべきことを説いた老子らしからぬところがあるように思えてならない。その意味で、やや通俗に流れる本章は、『老子』全体の中では必ずしも高く評価できない章である。

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