犯罪と非処罰(連載第15回)
14 過失犯について
犯罪とは基本的に、意図して犯罪を実行する故意犯であって、不注意で犯罪的結果を引き起こす過失犯は「犯罪→刑罰」図式の下でも例外的な犯罪である。
ただ日本刑法上、その例外化は犯罪各論のレベルでなされているにとどまり、犯罪総論のレベルで過失犯の成立を例外的に限定しようとする発想は乏しい。そのため、軽過失の場合も含めて過失行為が処罰の対象とされる。ここにも結果―結果だけから見れば、故意犯と過失犯に差はない―に目を奪われがちな応報刑論的発想が窺える。
しかし、「犯罪→処遇」定式からすると、犯罪として処遇の対象とすべき過失行為は、結果を容易に予見し得たのに不注意で予見せず、漫然と危険行為をし、または必要な結果回避行為を怠る重過失の場合であり、軽過失行為は原則的に民事不法行為として民事責任を問えば足りるのである。
もっとも、職業上通常より高度の注意義務が課せられている者の過失、すなわち業務上過失の場合は、軽過失も含めて犯罪とみなすことができる。業務者は非業務者が容易に予見し得ない結果に対しても、職業上の知識経験に基づき予見し、結果発生防止のために適切な対応をすることが可能であり、またそうすべきでもあるからである。
いずれにせよ、過失犯は通常、犯罪性向が低く、一過性のものであるから、その処遇は保護観察で足りると考えられる。ただし、著しい注意散漫のため繰り返し過失犯を犯す過失累犯は第一種矯正処遇に付する必要がある。
なお、日本の現行法のように、業務上過失を一般的な過失より重く処分する実益は乏しく、業務上過失者に対しては、保護観察に業務上の資格・免許の停止ないし剥奪を併科すべきである。
ところで、かつて日本の司法実務では業務上過失を広くとらえ、自動車運転中の過失全般(いわゆる交通事故)を業務上過失と解して、業務上過失致死傷罪を適用することが慣例化していた。
しかし、これは不当な拡大解釈・適用であった。なぜなら、一概に自動車運転と言っても職業運転手と日曜ドライバーとでは注意義務の内容・程度にも差があり、日曜ドライバーの過失まで「業務上過失」に包括するのは無理があるからである。
この点、現在の日本刑法上、自動車運転中の過失による死傷事故には、新たに設けられた「自動車運転過失致死傷罪」という特則(刑法211条2項)が適用されるようになった。
これによって問題が正しく解決されたかと言えば決してそうではない。この特則をもってしてもなお職業運転手の事故と日曜ドライバーの事故、さらには職業運転手が業務上車両を運転中の事故とマイカーを運転中の事故とがすべて「自動車運転過失致死傷罪」に一括されてしまうという問題は残されたままである。
しかも、自動車運転過失致死傷罪の法定刑(最高で懲役七年)が業務上過失致死傷罪・重過失致死傷罪の法定刑(最高で懲役五年)よりも重いという逆転を来たしている。これによると、例えば日曜ドライバーが軽過失により死傷事故を起こした場合でも、業務上過失致死傷罪や重過失致死傷罪より重く処罰され得るという不合理な処理結果を生じさせてしまう。
そもそも自動車運転過失とその他の過失とをことさらに区別して前者を重い処分に付すべき決定的な理由はない。非業務上の自動車運転過失(職業運転手がマイカーを運転中の過失も含む)については、重過失の場合に限り一般的な過失致死傷罪を適用して保護観察に付すれば足りるのである。一方、業務上の自動車運転過失については、軽過失の場合を含めて保護観察に付すればよい。
先の自動車運転過失致死傷罪のような規定が立ち現れたのは、理論的・科学的な理由に基づくものではなく、近年の「交通事故厳罰化キャンペーン」のような政治的運動の結果であった。このキャンペーンはまさに「抑止力」や「被害者感情」を高調して刑罰制度の振り子を再び教育から応報のほうへ振り向け直そうとする刑罰反動の一つの象徴にほかならない。
こうした動向は、いわゆる「危険運転致死傷罪」という新たな重罰規定(刑法208条ノ2)の出現にも如実に示されている。これは酒酔い運転や高速運転など一般に死傷事故を起こしやすい「危険運転」に際して死傷事故を起こした者を最高で二十年の懲役刑という厳罰に処する規定である。
この規定の問題点は多いが、犯罪総論上の問題としては、たとえ「危険運転」に際しての死傷事故といえどもその実体は過失犯であるのに、これを故意犯に準じて傷害致死罪にほぼ匹敵するほどの重罰を科する点で、故意犯と過失犯の区別をあいまいにし、過失犯の例外性を破ろうとしていることである。
さらに、本罪の基本行為となる「危険運転」の概念についても、一応規定上個別に列挙されているとはいえ、「アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態」とか、「(自動車の)進行を制御することが困難な高速度」、「その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行」、あるいは「重大な交通の危険を生じさせる速度」など、道路交通法規・罰条との対応関係も明瞭でなく、恣意的な適用の余地を残すあいまいな構成要件の下に如上のような重罰を導くことは、刑罰制度の明確性を要求する憲法31条にも違反する疑いがあり、それこそ刑罰制度の‘危険運転’の恐れが強い条項なのである。
仮にこの種の規定を置くとしても、その基本行為については個別具体的な道路交通法規に違反するいくつかの重大な違法運転行為に明確に限定して定めておくことは、罪刑法定主義の最低限の要請である。とすると、こうした規定は一般刑法上よりも道路交通法上に置くほうが明快ということになろう。
「非処罰」の構想の下でも酒酔い運転のように道路交通法規に違反する違法な運転中に死傷事故を起こした者の処遇のあり方は課題となるが、これは「交通犯罪」の問題として章を改めて論ずることにしたい。
[追記]
本文で紹介した刑法上の新設罰則はその後、2013年に成立、14年より施行された特別刑法「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」に移行された。これはその名称どおり、自動車運転に関連した死傷行為を広く処罰する特別法で、予め政令に定める特定の疾患の影響により死傷事故を起こす病気運転致死傷罪などの新規罰則を追加して、長大な独立立法に仕上げたものである。その点ではまさに「交通事故厳罰化キャンペーン」の集大成と言え、今後さらに新規罰則が追加される可能性もある。しかし、本文で指摘した道路交通法規との対応関係や構成要件の不明確さといった問題点は本質的に解決されていないばかりか、かえってそうした欠陥を拡大再生産している嫌いがある。