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2012年2月25日 (土)

〈反差別〉練習帳(連載最終回)

実践編

レッスン10:年齢差別

〔まとめと補足〕

 例題を通じて見たように、年齢差別は未成年者に対する差別と高齢者に対する差別とに分かれる。後者の高齢者に対する差別も、厳密に言えば老齢者に対する差別と就職上の年齢差別に見られるように相対的な高年者に対する差別に分けることができる。
 いずれにせよ、年齢差別という現象は、人が早熟早死の時代で、また今でもそういう状況下にある社会では表面化してくることはない。なぜならそのような時代ないし社会では未成年期は短く、また高齢者は例外的な福寿者にすぎないからである。
 従って、年齢差別は人の寿命が延び、比較的長い未成年期と極めて長い高齢期―「前期」と「後期」に分類されるほどの―を経験するようになって初めて顕在化してくる長寿社会の差別現象と言える。
 こうして年齢差別は一つ前のレッスン9で見た能力差別の応用分野という位置づけにある。なぜなら年齢の高低は能力の高低と相関関係にあると考えられているからである。未成年者の場合は未熟による能力不足、高齢者の場合は老化による能力低下が差別の根拠となっているのである。
 ただ、すべての差別に通低する視覚的表象による差別という本質が年齢差別にも備わっている。例題でも取り上げたように、アンチ・エイジングという語は、その反面において「しわくちゃ」「よぼよぼ」の老齢者の容姿を蔑視している。
 また女性(場合により男性も)の就職における年齢差別には、より明白に(相対的な)高年者に対する容姿差別の要素が認められるのであった。
 これに対して、未成年者に対する差別には容姿差別の要素は希薄なように見える。しかし、ここでも未成年者は一般に身体が小さく、容貌も幼いことへの見下しの視線が一定は認められるのである。
 このように年齢差別は能力差別的要素と容姿差別的要素とが交差する領域でもあると言える。そこで、その克服には能力差別とともに容姿差別について述べたところがあてはまる。
 表象という観点から見ると、未成年者と高齢者とが差別されることは、年齢に関しては青壮年の成人が最も賛美されることの反面的な結果である。結局のところ、―おそらくは世界中で―「青壮年の美男子」が人間の理想型として表象されているのである。その理想型から外れていればいるほどに差別の標的となりやすいと一般的には言えるであろう。
 とすれば、差別の克服にとって、こうした幻惑的な表象への束縛から人間をいかにして自由にすることができるかということが課題となる。ここで、理論編命題26で見た「内面性の美学」と「全盲の倫理学」をもう一度思い起こして練習完了としよう。(連載終了)

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