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2012年2月22日 (水)

〈反差別〉練習帳(連載第48回)

実践編

レッスン10:年齢差別

例題1:
[a] 雇用に際して年齢に上限を設けたり、年齢の若い者を優先採用したりすることは合理的だと考えるか。

(1)考える
(2)考えない

[b] 雇用における定年制はあったほうがよいと考えるか。

(1)考える
(2)考えない

 設問[a]は雇用の領域における典型的な年齢差別の事例である。現にこのような差別を受けて職が見つからず、生活難に陥っているという切実な方も少なくないと思われる。
 それにしても、なぜ雇用上の年齢差別が根絶されないのだろうか。そのわけは、[b]の定年制にある。
 おそらく設問[a]で年齢差別的な雇用慣行に否定的な回答をした人の多くも、設問[b]では従来雇用慣行として確立されてきた定年制には肯定的な回答をするのではないだろうか。しかし、それは果たして一貫した論理と言えるだろうか。
 実のところ、定年制自体が年齢だけを理由に一律に労働者に退職を強いる差別的な制度である。ここでは高齢者=職業的無能力者という能力差別的な決めつけもなされているわけである。
 そして、こうした年齢‐能力差別的な定年制を土台として、[a]のようないわゆる現役世代に対する年齢差別慣行も成り立っているのであるから、定年制を合理的と考えるならば、定年に近い年齢であればあるほど採用されにくいという現実は受け入れざるを得ないことになる。
 定年制を合理的と考える理由として、定年制がなければ老人がいつまでも居座ることによって、新卒者の就職が困難になるという問題が挙げられる。
 たしかに一理あるが、逆に新卒一斉採用‐定年制という画一的な雇用慣行―これは日本社会では強固に定着している―のために、新卒で就職を逃すと、年齢が上がるほどに[a]のような年齢差別を受け就職が困難となり生活も成り立たないという問題が生じてくる。
 それを考えると、定年制を廃止し、もって年齢差別的雇用慣行全般を廃したほうが、人生設計に柔軟性が生まれ、すべての人にとって有利なはずである。
 この点、近時は年金財政の逼迫を背景として、年金受給開始年齢引き上げの代償としての定年制廃止論も起きている。しかし、これは当面の財政経済事情に対応するための「対策」レベルの話であって、「誰もが年齢にかかわりなく就労できるようにする」という雇用における年齢差別解消策とは全く異質の論である。
 これでは形の上で定年制が廃止されたとしても、高齢者の雇用は多くの場合、低賃金の不安定労働にとどまり、無年金を補うだけの効果は得られないであろう。
 ところで、定年制を廃止してもなお残存するかもしれないタイプの年齢差別がある。それはとりわけ女性の雇用に際しての年齢差別である。この場合は、若い女性に囲まれて仕事をしたい男性管理職層の欲望が根底にあり、その本質はレッスン8で取り上げた性差別である。
 ただ、職場によっては男性の採用に際しても、中高年者より見栄えの良い若い男性を優先採用する慣行を持つところもあり得るが、そうした場合も含めてとらえれば、こうした定年制と無関係の年齢差別はレッスン1で見た容姿差別の問題に帰着することになろう。
 後に別の角度から再検討するが、高齢(高年)者は能力ばかりでなく、容姿の衰えという観点からも差別される存在なのである。

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