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2012年1月10日 (火)

〈反差別〉練習帳(連載第32回)

実践編

レッスン6:職業差別

例題1:
[a] あなたはいわゆる「3K仕事」(きつい、汚い、危険な仕事)に就いてみたいと思うか(すでに就いている人は、続けたいと思うか)。

(1)思う
(2)思わない

[b] ([a]の設問で、「思わない」と答えた人への質問)その理由は何か(自由回答)。

 「3K仕事」に積極的に就いてみたい(続けたい)という人は多くないだろう。そのこと自体が差別に当たるわけではない。問題は、就きたくない(続けたくない)理由にある。
 この点、多くの人は「大変だから」とか、「自分には向いていないから」といった理由を挙げ、「「3K仕事」は卑しいから」という理由を露骨に持ち出す人は少ないかもしれない。それでも無意識のうちに特定の仕事を蔑視しているとすれば、それは無意識的ではあれ、転嫁的差別に当たる。
 一般的に、精神労働>肉体労働という職業的優劣観は社会的に根強く存在すると思われ、肉体労働の中でもとりわけ「3K仕事」は肉体労働を志向する人の間ですら忌避されがちな底辺労働を成している。
 もっとも、今日の日本の「3K仕事」は世襲される特定身分の人々に押し付けられているわけではないが、そうはいっても、忌避されやすい「3K仕事」を一部の人たち(たいていは低学歴者や外国人)にしわ寄せしている資本主義的経済構造は差別的と言わざるを得ないであろう。
 そこで、「3K仕事」には高賃金を保障することで、多くの人を呼び込もうという策もあり、現にそのような職も一部にあるようだ。これは高賃金を保障することで、「3K仕事」の社会的地位を高めることを目指す限りでは積極的差別是正策のようにも見えるが、“賤業”ゆえの人手不足を防ぐための術策という側面が目立ちすぎれば、かえって利益差別ということになりかねない。
 本来、「3K仕事」の中でも特に「危険」なものは専門資格化し、さほど危険ではないが「きつい」「汚い」ものは「仕事」でなく、全社会成員の「任務」とすることが望まれる。
 もっとも、これは資本主義的経済構造そのものにメスを入れることを意味するので、〈反差別〉を超えた課題性を有することではあろうが。

例題2:
「無職」という肩書きないし属性分類は差別的だと思うか。

(1)思う
(2)思わない

 例題1は特定の職業を持つことが差別の理由となる場合であったが、今度は何らの職業も持たないことが差別の理由となる場合である。
 日本社会では「無職」という語がまるでそれ自体一つの肩書きでもあるかのように用いられるため、この用語自体を差別的と思う感覚は希薄かもしれない。
 しかし、犯罪報道でよく見かける「住所不定・無職」という表現になるとどうだろうか。これはたいてい犯罪の被疑者・被告人の“肩書き”として付けられるもので、「無職」という語が犯罪と結びつけられることでいかにも反社会的な人物であるというイメージを高める働きをしているから、ここでの「無職」には、はっきりと差別的ニュアンスが込められていると言えるだろう。
 これに対して、失業者や定年退職した人を「無職」と呼ぶことには格別差別性はないように見えるが、それにしても職がないことをそこまで明示・強調しなければならないものだろうか。
 職を失った結果暫定的に無職となった人ならば「失業者」、退職して年金を主な収入源としている人ならば「年金生活者」と呼べば十分なはずであるし、それ以外の理由から現在無職である人については格別の肩書きは必要ないと思われる。
 ちなみに、「職」とは、資本主義社会においては、報酬(圧倒的に金銭)を得て反復・継続する仕事のことを意味するから、反復・継続していてもそれによって報酬を得ていない仕事は「職」とはみなされず、せいぜい“自称○○業”という「無職」に近いニュアンスを醸し出す肩書きをあてがわれてしまうだけである。
 結局のところ、「無職」という語はそれ自体として差別語であるとまで言えないとしても、職がないことをそれだけで社会的な欠格とみなす差別的ニュアンスが言外に込められた前差別語とみるべきものであろう。

例題3:
あなたの住む街に、野宿生活者の人たちが住み着いている一帯があるとする。地元自治体では住民からの苦情を受けて、この一帯から野宿生活者を追い出す「浄化作戦」を開始した。あなたはこの「作戦」を支持するか。

(1)支持する
(2)支持しない

 本例題は例題2で扱った「無職」問題の応用である。野宿生活者の中には、廃品回収などの仕事をしている人も多く、必ずしも野宿生活者=無職ではないが、野宿生活者は無職のイメージが強く、なおかつ住居を持たないことから「ホームレス」と呼ばれたりもする。
 しかし、この「ホームレス」という語も「住居」がないということをことさらに強調するもので、「無職」(=ジョブレス)と同様に前差別語とみるべきものであろう。「ホームレス」の人々は野外を事実上の生活の場としているからには、「野宿生活者」と呼べばよい。
 なお、しばしば「路上生活者」という言葉も使用されるが、野宿生活者のすべてが「路上」で生活しているわけではなく、公園とか河川敷に住み着いている人も少なくない。「路上」で生活している場合も、多くは地下道などの「路傍」に陣取ることが多いので、「路上生活者」という表現は、実態に合わないであろう。
 ただ、これが差別語とか前差別語かと言えば難しいが、「路上生活」という部分に、通行の障害物ないし景観の汚損物というイメージが込められているとすれば、少なくとも前差別語とみなせる余地はあろう。
 実際上、野宿生活者に対する蔑視には激しいものがあり、偏見を抱く人間(少年を含む)によって野宿生活者が襲撃・殺傷される事件もたびたび起きている。これは典型的な憎悪犯罪(ヘイト・クライム)である。
 例題のような当局による「浄化作戦」は、こうした野宿生活者への蔑視を助長する要因ともなる。「浄化」といっても、これは宗教的な観点からするケガレの除去を意味しているのでは全然なく、端的に野宿生活者を街のイメージを汚す存在として排斥の対象と見ているわけである。
 当局では、こうした施策を展開するに当たって、「保護」という名分を掲げ、実際、野宿者に対して宿泊所などへの入所や生活保護の申請を促すこともある。真に脱野宿化を促進する福祉的施策ならば、もちろん差別には当たらないわけだが、しばしば「浄化」と「保護」の区別はあいまいである。真に「保護」と言えるかどうかは、その施策の内容を立ち入って検証しなければ判定できないだろう。
 残念ながら、現状では、「浄化作戦」を支持する意見も少なくないと思われるが、それは野宿生活者=怠け者といった偏見が社会に定着しているせいでもあろう。
 しかし、職の喪失が住居の喪失につながりやすいことは容易に理解できることである。従って、住居を喪失するということは、怠け者ではない勤勉なあなたの身にも降りかかるかもしれない生活上のリスクなのである。
 そういう意味で、この問題では、我が身に引き寄せて考える「引き寄せの倫理」が有効と考えられる。

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