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2011年12月 5日 (月)

〈反差別〉練習帳(連載第25回)

実践編

レッスン3:人種/民族差別

〔まとめと補足〕

 人種/民族差別は、人種隔離・民族浄化のような最も深刻な反人道的事態を引き起こしてきたため、差別問題のエース格のような位置にある。それにしても、人種・民族という概念は極めてあいまいである。
 一応、人種とは現生人類をその骨格や容貌、肌の色、体型等の形質的な特徴に応じて類型化した分類であるのに対し、民族とは人種とは別に、言語・習俗の共通性を基準とする人間集団の分類であるとされるが、どちらもあいまいでありながら便利な人間の分類基準であるため、長く幅を利かせてきた。
 こうした分類に学問的意義が全くないとは言えないが、極めてあいまいであるにもかかわらず、否、それゆえにこそ、優生思想と結び合って、政治的に悪用されやすい性質を持つ。
 人種分類は、白人種(コーカソイドまたはユーロポイド)を優等的として人類の頂点に置く白人優越主義に利用されてきたし、民族分類も、各国の支配民族(必ずしも多数民族とは限らない)が自民族の優越性を主張して他民族を従属下に置くに際して利用されることが少なくなかった。
 ただ、民族分類は、まさに従属的な地位に置かれ、民族差別の標的となってきた民族が自己主張し、場合によっては分離独立を志向する際に逆用されることもあり、いちがいに悪用ばかりされるというわけではない。しかし、過剰な民族的自己主張が内戦を惹起するような民族紛争につながることもあり、民族分類の功罪は慎重に検証されなければならない。
 この点、理論編でも論じたように、自分で自分を劣等民族とみなしてしまう傾向のある被差別民族がそうした自己差別を克服するうえでの「自己治療」の手段として、民族的アイデンティティーを活用していくことが目指されるべきであろう。
 ところで、人種と民族とは、本質的に、どちらも「見た目」による人間の分類基準である。わけても人種概念は、主として肌の色や容貌の特徴に着目した分類であるし、民族概念は、言語のような見えない要素にも着目しているとはいえ、究極的には習俗や服飾のような見える要素を主たる分類基準とするから、やはり「見た目」と深く関わっている。
 その意味で、人種・民族間に優劣をつける人種/民族差別は、容姿に優劣をつける容姿差別と本質的に同型の思考パターンによっているのである。
 そこで、やはりここでも「内面性の美学」を適用し、「人間の真価は人種とか民族のような外面的基準によって定まるのではなく、各人がどんな人かという内面的な基準によって定まる」という公理を導出することが、人種/民族差別克服の道を開くであろう。

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